本書は、海外、特にアメリカでエンジニアとしてキャリアをスタートさせたい人のためのガイドブックです。元々は技術書典15で頒布した内容を基にしており、その後、筆者の実体験を加えて再編集しました。
当時、筆者は大学院生で、就職活動を約一年後に控え、情報収集を行っていました。その過程で「他の日本人エンジニアも同様の情報を必要としているのでは?」と考え、自身の知見を本としてまとめようと考えました。それから約一年が経ち、筆者自身もアメリカでのキャリアをスタートさせることができました。本書には筆者自身の経験も反映させ、より実践的な内容を紹介しています。
詳細は本編で述べますが、筆者が就職活動を行った2024年前半のジョブマーケットは経済的・政治的な影響を受け、「ここ数十年で最も厳しい」と言われるほどの就職氷河期でした。筆者は幸運にもこの状況を乗り切りましたが、これを書いている時点でも依然、厳しい状況が続いています。こうしたリスクも含め、リアルな情報を提供していることが本書の特徴です。
本書では、仕事の探し方や履歴書の書き方、ジョブインタビュー対策に加えて、就労ビザの制度、文化の違い、英語学習法など、日本からアメリカに渡って働くために必要な幅広いトピックを網羅しています。この本は主にアメリカで働きたいと考えている方を対象にしていますが、日本に拠点を持つ外資系企業に挑戦したい方にとっても、海外の文化に根差した企業で働くためのヒントが得られるはずです。また、本書の最大の特徴は、筆者の経験だけでなく、アメリカで実際に働いているエンジニアや面接官から聞いた「面接のコツ」や「アメリカでエンジニアとして成功するための秘訣」を紹介している点です。日本人以外のエンジニアの体験談が掲載されている書籍は少なく、貴重な情報源となるでしょう。
この本は全4章構成になっています。1章では、海外の企業で働くための方法や制度、文化について解説しています。ビザ、生活文化、英語学習といった、エンジニアリングに直接関係しないトピックも含まれます。2章では、選考ステップを詳細に解説します。求人の探し方から面接対策、そして入社条件の交渉術まで、就職活動の各ステップを包括的に紹介しています。3章では、筆者の実体験を元に、2024年のジョブマーケットの状況や、その中で筆者がどのようにして内定を得たか、またどのような困難があったかについて詳述しています。4章では、アメリカで働くエンジニアを対象にしたアンケート調査の結果を紹介します。この調査では、アメリカで成功しているエンジニアがどのように面接対策を行っているのか、アメリカで良いエンジニアになるコツなどをシェアしてもらいました。生の声が聞ける、とても有益な情報になっています!
この本を読めば、アメリカでのエンジニアとしてのキャリアを成功させるためのヒントが得られるはずです。本書が新たな挑戦を始めるあなたの一助となれば幸いです。
この本の中では以下のコンテキストで言葉を使い分けています。少しややこしくなりますが、ご承知おきください。
・外資企業、外資系企業
─日本国外に本社を持つ企業の日本拠点のことを示します。
・海外の企業、海外企業
本書は情報の提供を目的として執筆されました。本書に記載された情報は執筆時点のものであり、状況や制度は非常に早く移り変わるということに留意してください。そのため、本書の情報を元に行動する際には、最新の情報も併せて確認することをお勧めします。本書の内容によって生じたいかなる損害についても、著者は一切の責任を負いません。
海外企業では、企業文化や価値観が日本のそれとは大きく異なることもしばしばあります。また、海外移住を伴う場合は、雇用制度や税制といった仕組みの違いにも対応しなければなりません。本章では、エンジニアとしての専門業務に直接関わらないものの、重要な意味を持つ法制度や文化的な相違点について解説します。
コロナ禍を経て、私たちを取り巻く環境は大きく変容しています。日本人のワーキングホリデー参加者数は過去最高を記録し、海外就労への関心は着実に高まっています。本書を手に取られたあなたも、そうした可能性を模索されている方のお一人かもしれません。
海外でのエンジニアキャリアは、確かに大きなチャレンジを伴います。しかし、それでもなお、海外企業を選択する明確な意義が存在すると筆者は確信しています。まずは、現時点で海外企業を選ぶことのメリットとデメリットを検討してみましょう。
最も顕著な要因のひとつが、現在の円安基調です。例えば、2020年1月に1ドル108円だった為替レートは、本稿執筆時点(2024年10月7日)では148円と、1.37倍に上昇しています。単純計算でも、日本円換算での収入増加は魅力的な要素と言えるでしょう。そもそも海外では、エンジニアという職種の社会的地位が高く、日本と比較して給与水準も高い傾向にあります。実際に筆者の場合、渡米後最初の職位で日本時代の4倍の給与を得ることができました。国による違いはあるものの、特に米国のエンジニア職は際立って高い報酬水準を維持しています。同一の業務であっても、日本企業と海外企業でこれほどの待遇差が生じるのが現状です。
また、海外のエンジニアからは、日本のエンジニアの労働環境を危惧する声もよく聞かれます。特に、恒常的な長時間労働や、職域を超えた責務の負担が問題視されています。対照的に海外では、一部の例外を除き、長時間労働は一般的ではなく、職務範囲も役割によって明確に規定されます。さらに、育児と仕事の両立や、就学支援制度の充実など、個人の生活に配慮した柔軟な働き方が実現されています。
特にビッグテック企業では、待遇面に加えて、キャリア構築の観点でも大きなアドバンテージがあります。最先端技術や革新的プロジェクトへの参画機会、優秀なエンジニアとの協働経験は、かけがえのない財産となります。近年のレイオフ傾向により、個々のエンジニアへの期待値は従来以上に高まっています。限られたリソースで高い成果を追求する過程で得られる知見は、技術面のみならず、ビジネスやマネジメントスキルの向上にも直結します。これらの経験は、たとえ一企業での在籍が短期間であっても、次のキャリアステップで必ず活きてくるはずです。
一方で、考慮すべきデメリットも存在します。たとえば、給与水準が高くても、2023年以降のインフレの影響で生活コストが大きく上がっており、特に海外ではその傾向が顕著です。つまり、日本とは比較にならない物価水準により、実質的な生活水準の向上は必ずしも保証されません。また、2022年以降のテック業界では大規模なレイオフが継続しており、2024年現在も複数の主要企業で人員整理が進行中です。予期せぬ失職リスクが常に存在する不安定な市場環境であることを、十分に認識しておく必要があります。
筆者自身は、これらのメリット・デメリットを総合的に検討した結果、海外就労を選択しました。しかし、この選択が万人にとって最適解とは限りません。本章の内容を参考に、海外移住があなたにもたらす具体的な得失について、慎重に検討していただければ幸いです。
日本在住の方が海外資本の企業に入社を目指す場合、主に以下の3つの選択肢があります。
1.海外企業の日本法人・日本オフィスでの就業
2.海外企業との直接契約による国内からのリモートワーク
3.海外移住を伴う現地企業での就業
アマゾンジャパンやグーグルジャパンに代表される、日本国内での現地採用形態です。3つの選択肢の中で最もリスクが低く、チャレンジしやすい方法といえます。また、日本語での情報も豊富で、準備がしやすい特徴があります。
【メリット】
・国内企業と比較して高水準の給与
・日本の労働法制下での安定した雇用
・英語力不問のケースも
・グローバルな企業文化の体験
・海外拠点への異動機会
【デメリット】
・海外拠点と比較して相対的に低い給与水準
・時差のあるグローバルミーティングへの対応
・本社の経営判断によるレイオフリスク
特に米国のベンチャー企業で採用が増加している形態です。ただし、国内での事例が少なく、契約形態もさまざまであるため、情報収集や問題解決は自力で行う必要があります。一般的には個人事業主(フリーランス)としての就業形態となります。
【メリット】
・日本法人よりも高水準の給与を期待可能
・柔軟な働き方の実現
【デメリット】
・現地時間帯での勤務要請の可能性
・現地の休暇カレンダーへの準拠
・雇用の不安定性
・確定申告等の自己管理の必要性
企業からのジョブオファーとビザスポンサーシップを得て、現地に移住する形態です。3つの中で最も困難を伴いますが、チャレンジの価値も高い選択肢です。
【メリット】
・日本と比較して顕著に高い給与水準
・現地の企業文化への直接的な関与
【デメリット】
・ビザ取得・更新の負担
・言語・文化の壁
・ビザ失効時の帰国義務
本書は主にこの第3の選択肢に焦点を当てていますが、他の形態で働く方にも有用な情報を提供しています。
ここからは、アメリカで働くための制度と重要な基礎知識についてご説明します。アメリカは多くのビッグテック企業を擁し、IT業界の最前線として、多くのエンジニアの憧れの地となっています。
しかし、実際に就労を開始するまでの道のりは決して平坦ではありません。複雑な制度と申請手続き、そして言語の壁が立ちはだかります。情報収集と準備にも相当な労力を要します。
残念ながら、制度への理解不足、運やタイミングなどの要因によって、ビザの問題に直面し、やむを得ず帰国するケースもあります。この問題は、海外でのキャリアを目指すエンジニアにとって絶対に避けて通れない課題です。
アメリカでは多くの物事が「交渉次第」で進みますが、ビザに関する規制だけは例外です。国の判断は厳格で、例外が認められることはほとんどありません。