はじめに
第1章 プレーンテキストとMarkdown
第2章 ミニマムMarkdown
第3章 Markdownで書いてみよう
第4章 きほんのMarkdown
第5章 Markdownライティングを実践しよう
第6章 Markdownをさらに活用する
第7章 GitHub Flavored Markdown(GFM)
第8章 Markdownとは何か?
おわりに
付録 アプリのインストール・設定方法
謝辞
# はじめに
本書は、ライティング(文章を書くこと)をテーマとしています。
特に、PCやスマートフォンで**気楽に**文章を書くための
提案をしていきます。
たとえば……
- ストレスを減らして、執筆に集中したい
- PCが古くて、できるだけ軽いアプリで執筆したい
- 思いついたときに、手元のスマホなどでさっとメモ書きしたい
- そのメモ書きをあとで原稿にまとめたい
- いろいろなアプリやWebサービスなどで、原稿を使い回したい
本書では、気楽に文章を書く記法(記号を用いた表記の方法)
としてMarkdown(マークダウン)を紹介します。
実は、今お読みの文章は、Markdownで書かれた原稿そのままです。
いったん、「はじめに」のページ全体を見渡してみてください。
いくつかの行頭には、「#」「-」という記号がついています。
「**気楽に**」も、ちょっと目立ちますね。
段落も、原稿用紙のように全角スペース「 」で
字下げするのではなく、空の行で区切っています。
Markdownでは、これらの記号や空白(半角スペースと空白行)の
使い方に意味を持たせます。その意味は本書の中で説明します。
もしかしたら第一印象として、
「#」はタイトルっぽい、「-」は箇条書きっぽい……
となんとなく感じられるかもしれません。
その直感が、実はMarkdownの設計思想に隠れています。
Markdownを使って書かれた文章は、原稿のままでも
読みやすくなります。余計な書式の「味付け」をしなくても、
素のテキストのままで執筆やメモ書きをサクサク進められます。
「下手くそでも、雑でもいい。文章を書くことを好きになってほしい」
それが本書で一番伝えたいことです。
さあ、あなたもMarkdownでシンプルな執筆スタイルを始めましょう!
本書に記載されている会社名、製品名などは、一般に各社の登録商標または商標、商品名です。会社名、製品名については、本文中では©、®、™マークなどは表示していません。
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本書に記載された内容は、情報の提供のみを目的としています。したがって、本書を用いた執筆、開発、製作、運用などについて、著者はいかなる責任も負いません。これらは必ずご自身の責任と判断によって行ってください。
本書籍は、技術系同人誌即売会「技術書典4」にて頒布された同名の同人誌『Markdownライティング入門』(サークル名:ソラソルファ)を底本とし、加筆・修正を加えています。
ライター(文章を書く人)にはいろいろなスタイルがあります。媒体によっても、いろいろな制約条件があります。近年では、Webメディアが広く発展し、次のように文章を書く環境がますます多様化しつつあります。
いわゆる「文系ライター」の方は、Microsoft Word(以降、Word)を主力とする方が多いでしょう。一方で、Webメディアの編集部では、提出形式としてGoogleドキュメントを指定される事例や、ブログシステム(WordPressなど)の編集画面で直接編集する事例も、筆者の周囲では見聞きします。
多様化した執筆環境では、同じ内容の文章を「複数の環境で共通して扱える」ことが必要とされます。たとえば、Wordに複雑な書式を入れ込んだ場合を考えてみましょう。 Wordのテキストをコピーし、異なるアプリにペーストすると、場合によっては書式が崩れたり意図通りの見た目にならなかったりします。このような書式のトラブルは、Wordユーザーであればどこかで経験するでしょう。
一方、メモや下書きの段階では、ライター個人の好みによって、さらに執筆環境が多様になります。近年ではiPhoneやAndroidなどのスマートフォンで、電車の中や空き時間などにさくっと原稿やメモを作ってしまうことも多いでしょう。
・PC・スマートフォンのメモアプリ(Evernoteなど)
・紙の手帳・ノート・メモ
・キングジム「ポメラ」(メモに特化した電子端末)
特に小説・論文レベルの長文を書く際は、「軽快に文章を書ける」ことも重要です。小説を日常的に書く方は、軽快なテキストエディタ(秀丸エディタなど)を愛用する方も多いようです。
「複数の環境で原稿を書きたい」「いつでもどこでも原稿を進めたい」「軽快に書きたい」…… そのような志向の方に対して、筆者はプレーンテキストを中心としたシンプルな執筆スタイル執筆を提案します。
プレーンテキストは余計な装飾がない、文字だけのデータです。たとえば「Windowsのメモ帳で書ける文章」は、プレーンテキストです。プレーンテキストは端末やアプリに依存することが少ないため、あらゆる環境に文章を持ち運ぶことが容易です。
しかし、プレーンテキストで原稿を書く上での不便もあります。プレーンテキストには、書式という概念がないのです。たとえば見出しを太字で表示したり、箇条書きをきれいにそろえて表示したりができません。
そのためプレーンテキストでは、しばしば「これは見出しです」「これは箇条書きです」といった指定をするために、記法を使うことがあります。記法とは、文字およびその補助記号を用いて、言葉を書き表す方法のことです。
たとえば次の例のように、著者や編集者が独自に記法を定めることがあります。
【見出し】
重要な語句を▽太字▽にします。
・箇条書き
・箇条書き
〈引用箇所〉
ただし、記法を独自に定めると筆者や編集者によって指示がバラバラになってしまい、原稿を再利用する際に大幅な書き換えをする必要があります。それでも原稿を渡す相手が人間の編集者であれば、常識の範囲で「ここは見出し」「ここは箇条書き」とある程度は書式を推測してくれるでしょう。
では、「原稿を渡す相手が機械(アプリやWebサービス)」という場合ではどうでしょうか。たとえば、ひとつの原稿をブログに投稿したり、それをもとにした電子書籍を筆者自身が制作したりする時です。
残念ながら、機械は人間の「常識」や「空気」を理解してくれません。「ここは見出し」「ここは箇条書き」などの指示を機械に理解してもらうには、あらかじめ機械と人間の間で一定の「決まりごと」、すなわち記法を決めておく必要があります。
ITの世界では、このようなプレーンテキストで原稿を書くための記法が数多く考案されてきました。その一つが、Markdownという記法です。
Markdownはプレーンテキストで文章を書くための記法の一種です。 Markdownを使う場合、いくつかの半角記号を使って「ここは見出しに」「ここは太字で」といった書式を指定していきます。
たとえば、次のように書式を指定します。
## 見出し
重要な語句を**太字**にします。
- 箇条書き
- 箇条書き
> 引用箇所
これをMarkdownに対応したアプリやWebサービスで表示すると、図1のような表示が得られます。
Markdownの特徴はシンプルさと実用性にあります。具体的には、次のような特徴があります。
・覚えやすい
・プレーンテキストのままでも原稿が読みやすい
・動作の軽いテキストエディタで原稿を執筆できる
・Markdownに対応したアプリやWebサービスは、記法を解釈し適切に表示する
Markdownの他にも、このようなプレーンテキスト向けの記法はたくさんあります1。オンライン百科事典のWikipediaは独自の記法を持っていますし、 Webページを記述するための記法であるHTMLもそのひとつです。
ただし、Wikipediaの記法は原則としてMediaWikiというシステムの上でしか使えません。 HTMLは一般の書き手が直接書くには煩雑すぎますし、書かれたHTMLを読むのも大変です。一方、Markdownは「対応するアプリやWebサービスが多い」「覚えるべき記法が比較的少なくシンプル」というバランスが魅力です。
また、Markdownはプレーンテキストの原稿自体が読みやすいことも特徴です。Markdownは原則として段落を空行(空の行)で区切ります。この原則によってMarkdownで書かれた原稿が読みやすくなります。段落の扱いは第2章で説明します。
本書では、Markdownで書かれた原稿をMarkdown文書2と呼びます。また、Markdown文書を機械的に解釈し、目的の表示やファイルを出力するアプリやWebサービスのことをMarkdownアプリと呼びます。
幸いなことに、Markdownアプリは増えつつあります。執筆関係に限って厳選しても、次のようなMarkdownアプリがあります。
・Markdown専用エディタ
-MarkdownPad 3(第3章)
-MacDown 4(第3章)
-Typora 5(第5章)
-Byword 6(iOSアプリ・第6章)
-JotterPad 7(Androidアプリ・第6章)
・ブログ
-はてなブログ 8(第5章)
-WordPress 9(第5章)
・電子書籍制作ツール
-でんでんコンバーター 10
・Wiki・情報共有ツール
-esa 13(第3章コラム)
-Kibela 14
これら以外にも、一見関係なさそうなWebアプリにおいて、実はMarkdownに対応している場合があります。
・Trello(プロジェクト管理ツール)
・Discord(チャットアプリ)
・Dynalist(アウトラインエディタ)
このように、Markdownは執筆に限らず、あらゆる場面で利用可能になりつつあります。本書を通じてMarkdownを少しだけでも覚えると、あらゆるアプリで便利に使えるでしょう。
一方で、正式な「Markdownの定義」は長らくあいまいなままでした。同じ「Markdown」と名の付く記法であっても、記法の細かい点についてはMarkdownアプリによって微妙に異なるのが現状です。このように各アプリ・サービスが個別に定義するMarkdownの亜種を、俗にMarkdown方言と呼びます。
以上の背景から登場したのが、Markdownの(事実上の)標準と言えるCommonMarkです。 2018年現在では、このCommonMarkを指して暗黙的にMarkdownと呼んでよいと筆者は考えます15。
本書ではMarkdownの仕様に関して、特に断りがない限り、原則としてCommonMarkに準拠するという方針で解説します。その上で、覚えやすく頻出の記法についてCommonMarkから厳選し、「ミニマムMarkdown」と「きほんのMarkdown」という2つの記法として紹介します。いずれも本書が独自に定義する記法ですが、「CommonMark対応」と説明されているMarkdownアプリでは確実に使える記法です。
・ミニマムMarkdown(第2章・本書独自) 16
-「プレーンテキストで書く」「段落は空行で区切る」という2つの原則17を中心とした記法
・きほんのMarkdown(第4章・本書独自)
-筆者が「どのMarkdownアプリでも無難に使える」と判断した基本的な記法
-ミニマムMarkdownと組み合わせて使う
・CommonMark(一般的な名称)
-Markdownの(事実上の)標準仕様18
-「ミニマムMarkdown」と「きほんのMarkdown」に従う記法は、CommonMarkとしても正しい記法
CommonMarkと「ミニマムMarkdown」「きほんのMarkdown」の対応は図2の模式図を参考にしてください。まずは「ミニマムMarkdown」を覚えましょう。そして実際にMarkdownを使って文章を書く際に、「きほんのMarkdown」を少しずつ覚えていけばよいでしょう。
WordやGoogleドキュメントのように、紙面や表示画面をきれいに整え、その内容を見やすくする機能を持つ文書作成ソフトをワープロソフトと呼びます。
ワープロソフトは、そのままでは原則としてMarkdownに対応しません。その代わり、次のような「Markdownとの付き合い方」があります。
1.プレーンテキストのMarkdown文書を書く
→ ワープロソフトの形式に変換
-第6章で詳しく説明します
2.ワープロソフトの上で、ワープロソフトの流儀に従い原稿を書く
→ Markdown文書に変換
-要プラグイン(本書では割愛)
-Wordの場合:Writage19
-Googleドキュメントの場合:GD2md-html20
3.ワープロソフトの上で、プレーンテキストを模したMarkdown文書を書く
-第2章コラム(WordでMarkdownを書く!?)を参照
無理に Markdown を使う必要はありません。 Markdown(およびプレーンテキスト)による執筆は、あくまでも「数ある執筆手段の一つ」と考えてください。
(このコラムは、技術者の方に向けた補足です。専門的な事項を含むので、飛ばして読んでもかまいません)
本書では「Markdownを使って自力で本を作る方法」(印刷所へ入稿可能なPDFを作成する方法)について、残念ながら紙面の都合上割愛しました。しかし、本書を手に取る技術者の多くは、この説明を望んでいると思われます。少し補足をしておきます。
技術同人誌イベント「技術書典4」において筆者は、本書の元となった同名の技術同人誌を頒布しました2122。技術的には、主に次のようなシステムでPDFを作成しました。
・Pandoc(文書変換ツール)
-Markdown(Pandoc’s Markdown) → LaTeX23
・LuaLaTeX(組み版ソフト:PDFの生成に利用)
-LaTeX → PDF
・Mendeley(参考文献管理:BibTeX形式で出力し、Pandocで利用)
Pandocの機能をフル活用するために、本書の原稿はPandoc’s MarkdownというMarkdown方言によって書かれています(第8章で説明します)。
上記の詳細やノウハウについては、今後筆者が解説書を執筆する予定です。刊行の際は筆者のTwitterアカウント(@skyy_writing24)にて告知するので、フォローをよろしくお願いします。
最後に本書は、株式会社インプレスR&Dの「NextPublishing」25という電子出版プラットフォームで制作しています。そのため本書は、上記のシステムとは異なった方法で組み版をしていることをご了承ください。