積み基板とは何でしょう?本書では、何かを作ろうと思って買ったけど挫折した、あるいは何となく/とりあえず買った、マイコン基板たちを指します。家に1枚や2枚、あるいはもっと、そういった基板が転がってたりしませんか?
世の中には、ArduinoやRaspberryPiをはじめとして、様々な魅力的なボードがあふれています。価格もお手頃で、数百円から数千円程度で様々な機能を持つボードが手に入る世の中になりました。でも、なぜ手元には使われていない「積み基板」が残るのでしょうか?とりあえず買っちゃう?作りたいものがない?それでも買ってしまう?作りたいものがあっても挫折しちゃう?…様々な理由があるでしょう。
本書では、そういった状況を解きほぐし、作りたいものを探す、あるいは挫折しないためのテクニックを解説してみることにしました。
ソフトウェア開発の界隈では広く市民権を得てきたアジャイル開発の方法論を一部取り入れてみる、作りたいものを定義する、知っておくべきことは知っておく、電子工作における基礎知識、作例に触れてみる、様々なノウハウが集まりました。一方で、具体的な環境、特定のボードに関する記述はほとんどありません。回路図やコードに関する記述もほとんどありません。そういった内容は、本書のスコープ外です。他に素晴らしい本がたくさんありますので、そちらを参照ください。
あなたのおうちの積み基板たちに、再度注目してみてください。これをきっかけとして、何か新しいモノづくりを始める方がいれば幸いです。
寄稿いただきました著者の皆様ありがとうございます。おかげで入門書としても素敵な本ができました。積み基板というキーワードに刺さる皆様からの寄稿でした。改めてお礼申し上げます。
表紙は湊川あい@llminatollさんに今回もお願いしました。ちょっと渋い顔をしつつ、積み基板に囲まれたワンストップくんちゃんです。この本が書きあがった暁には、きっと晴れ晴れした顔になることでしょう。
あなたの電子工作ライフが実り多きものになるにあたり本書がその一助になりましたら幸いです。
2022年12月
編集長 親方@親方Project 拝
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おやかた@oyakata2438
積み基板ありますか?
ここで、ちょっとした調査結果を示しましょう。
周知不足で12票だけですが、そのうち11票(92%!)が「積み基板がある」という圧倒的な多数。別に実施したSlack内でのアンケートでも、8割の人が積み基板があるという回答でした。日本人の1億1千万人が積み基板を持っているということですね!
積み基板とは、Arduinoをはじめとした小型基板、マイコンボードをとりあえず購入はするけれど、大して使うこともなく積んでいる状態と定義します。作りたいものがあるようないような、あるいは作りたいものはあったけれど飽きたり挫折したりして手が止まって放置状態になっている様と考えてください。
家にArduinoとかM5Stackとか、その他いろいろなマイコンボードがある人は正直に挙手を。1枚や2枚、あるいは10枚100枚ありますよね?ありますよね?
新しいボード、ガジェットを見かけたらとりあえず買っちゃう人、いますよね?心当たりがある?
とりあえず買っちゃうこと自体は悪いことではありません。たぶん。いろいろ特長のあるボードが日々発売されていますからね。とりあえず手元に置いておきたい気持ちは、とってもよくわかります。送料とかもあるから、とりあえず2個3個買っておくかしら、と買うこともあるでしょうね。
今まで別ボードだったWi-Fiが内蔵された、DAが内蔵された、小型になった、低消費電力になった、GPIOが増えた、Linuxが動く、Windowsが動く、などなど。様々な機能が追加されますね。
身もふたもないことをいってしまうと、最大の原因はそれです。使わないものを買うのはやめましょう。といって話が済むなら、そんな簡単なことはありませんね。また、新しいデバイスを使ってみるというのは、それはそれで大きなモチベーションになります。
では、積み基板ができる理由は何でしょう?以下の理由を挙げて、それぞれ説明したいと思います。
なお、ここでは積み基板を作る原因ということでハードウェア寄りの説明をしましたが、ソフトウェア開発においても類似の問題があるかもしれませんね。
・作るものがない
・市販品がある
・作るのが難しい
・モチベーションがなくなる
・Lチカ後の具体的な事例がない(安価で、簡単に実装できて、便利な使い方の事例集が必要)
・本がない(参考書がない)
マイコン1使って何か作ろうと思いつきますか?あったら便利かも、と思うような小規模なデバイスを考えてみてください。何か思いつきますか?
案外思いつきませんよね。
趣味とはいえ、モノづくりの基本は、課題解決だと考えます。ちょっと困ったこと、解決したいことがある、改善したいことがある、というのは、モノ作りの最大のモチベーションたりえます。
「朝テレビやPCで今日の天気予報をチェックする(ためにテレビ/PCをつける)のがめんどくさいので、自動更新の天気予報表示デバイスを作る」といったモチベーションがあればどうでしょう?作ってみたくなりませんか?
でも、そんなことを思いつかなかったら、マイコンで遊ぶために何かを作る、ということになってしまい、「何を作るか」で途方に暮れてしまうでしょう。たいていの場合、目的がはっきりしないため、作りたいものがなく、何かを作るために作るという、手段が目的化してしまいます。エンジニアは、手段を目的化することに喜びを見出してしまう度し難い生き物である場合が多いですが、それでも何かを作ることが目的化すると、なかなかつらいことになってしまいます。
さて、手段が目的化するといいましたが、最初はその目的化した手段で遊ぶことで十分に楽しめます。最初の閾値は低いのです。マイコンを買ってきましょう。とりあえず起動するかのテストしましょう。チカチカチカ。ふう。はて、何を作るんだっけ……
正気に戻ってしまいましたね。正気に戻ってしまうと、そのあとのモチベーションが続きません。作り上げるまでに必要な膨大なマイルストーンと周辺技術の習得に対し、絶望してしまいます。
運よく何か「作りたいもの」が見つかりました。
ちょっと困ってるんだよなぁ……こんな機能があったらちょっと幸せになれるかも。ぜひ頑張りましょう。
おっと、ここで、「似たような機能を持つ」ものを探してはいけませんよ。
世の中には、さまざまな製品があふれています。あなたの課題を解決してくれるばっちりな製品があるかもしれません。いやきっとあるでしょう。あなたが課題・困っていることは、世の中のたくさんの人が同じように困っていることです。ということは、誰かがそれを解決する素敵なデバイス・ツールを開発してくれて、市販してくれていることでしょう。
家の鍵をかけたか心配→鍵をかけたか通知する装置を作ろう。いいモチベーションですね。
Amazonやクラファンサイト、あるいはAliExpressのようなサイトを覗きにいってはいけません。きっとあなたの課題を解決するおしゃれで素敵なデバイスが見つかります。見つかってしまったら…もう作るモチベーションは消し飛んでしまいます。
幸いにして、作りたいものが見つかり、市販品の洗礼を受けずに済みましたね。では作り始めましょう。
まず、要件定義をしましょうか。何をする装置で、そこに有するべき機能は何だろう。機能を洗い出してみましょう。
先ほどの、鍵をかけたか通知するシステムを再度考えてみましょう。
鍵をかけたというアクションに対して、①鍵をかけたことを検知し、②メールか何かに通知する というふたつの要素が必要です。では、鍵をかけたことをどうやって検知しましょう?鍵の動きをスイッチで検出しますか?それとも?
おっと?手が止まりましたね。
いろいろ調べてみても、なかなかよいアイディアが見つかりません。
検知した結果を通知するには、どうしましょう?その機能をイチから作る?なかなか絶望的ですね。何かよいツールがある?探すのもなかなか大変、使い始めるための環境を整えたり、小規模なテストをしたりするまでのハードルもあります。ここでも手が止まりました。なかなかつらい…
このあたりまでくると、「問題を解決するのが楽しい」と思える人と、「山積みの課題に絶望する」人の二パターンに分かれてきます。
幸いにして、小規模な進捗を積み重ねて楽しみながら進めるスキームを構築できたらよいですね。楽しみながらがんばりましょう。山積みの課題に絶望してしまったらつらみが…そしてそのつらみに気づいてしまったら、仕事でもない個人開発では、なかなか手が動かなくなってしまうでしょう。
「何かを作り上げる」ということは、それ自体が大変な偉業です。
特に一気通貫で作り上げられるような小規模なものであればともかく、様々な要素が含まれる開発においては、それぞれの技術要素に対処しなければいけません。前述のように山積みの課題に対して、一か所で躓いたら…
つまずく部分がクリティカルな部分であるとは限りません。むしろ周辺ポイント、些細な部分であればあるほど、それは重くのしかかってきます。
電子工作的な話題を取り上げる本ですから、電子工作の例で示しますが、「手持ちの電源がなくて現場(玄関)テストができない」といった些細だけれど、痛い問題があったとしましょう。では、電源を一から作りますか?めんどいですね…
こういった、些細な地雷がいたるところに埋まっています。そして、あなたのモチベーションを消し飛ばす瞬間を手ぐすね引いて待っています。
少し視点を変えて、何かを作ってみる、という観点で考えたときに、思いつくものが少ないという点に近い話です。
安価で、簡単に実装できて、便利な使い方や作品例があるでしょうか?
そして、他の人が作ってしまっていると、試行錯誤や自分で考えて作るという楽しみは薄れてしまいます。
作り方がわからなくて絶望したり、かたや全容が見えてしまってつまらなくなってしまう。どちらに転んでもめんどくさくなってしまいます。その気持ちはとってもよくわかります。
作品例を探しに行きましょう。似たようなものを作ってみた記事をあげているBlogが見つかりました。
参考にして進めてみましょう。あれ?途中で切れていますね…更新頻度が下がって、半年前で途切れています。
これは3か月後のあなたかもしれません。
電子工作の本を探してみましょう。
XX入門、よさげな本です。デバイスの説明と、電子工作の基本や作例がいろいろありますね。まずはこれを参考にしてみましょうか。
あれ?あなたの作りたいものに対して必要な要素の一部が欠けていますね。
うーん、いろいろなところから断片を探してくるのはなかなかつらい……
モチベーションを消し飛ばそうとする様々な地雷、そして作りたいものの要件・要素を邪魔する様々な要因について述べてみました。モチベーションが消し飛んだ結果、それは「積み基板」として手元に残ります。
おっと、絶望しないでくださいね。この後、それぞれへの対処を取り上げます。ある意味で、漠然とした不安や問題点が一番つらいところ。課題が明確になれば、当然対処は可能です。
大澤秀一 @ohsawa0515
あなたは今までに買った積み基板の個数を覚えていますでしょうか?私は数個程度ですが、数十個単位の方もいるかもしれません。買う前は「買ったら〇〇しよう」とワクワクしながら購入ボタンをポチったけれども、いざ手元に届いてしまうとあれこれ理由をつけて、ほとんど手つかずになってしまう方も少ないかと思います。本章ではなぜそうなってしまうのか、ありがちな原因について考えてみました。
ネット上で「Raspberry Piで〇〇してみた」という記事をよく見かけます。それを読んで自分もやってみたい!と思い、勢いで注文してみたものの、届いた頃にはその情熱がやや冷めてしまって、そのまま流れてしまったパターンです。作りたいものがなく買ったからひとまず初期設定をしてLチカで満足してしまい、そのまま箱に閉じ込めてしまうことがあります。
プログラミング言語を覚えたいという初心者に何をつくりたいのか、何を実現したいのかを明確にせよとアドバイスされることがあります。やりたいことを実現するために適したプログラミング言語が異なるからです。WebサイトならPHPやRuby、モバイルアプリならKotlinやSwift、ゲームならUnityと、目的に沿ったプログラミング言語を選ぶことで学習速度が違いますし、やりたいことなのでモチベーションが維持できます。
基板も同じことがいえます。たとえば、観葉植物の自動水やり器をつくりたいとします。ArduinoとRaspberry Piのどちらを選んだ方がいいのか、土の水分を計測する水分センサーや水やりをするためのモーターやチューブなどが必要だというのがわかってきます。すでに同じことをやっている人がいるのであれば、ネットで調べて制御するためのプログラムも見つけることができるかもしれません。
手に取る前にやりたかったこと、実現したかったことを今一度思い出してみるとよいのではないでしょうか。
30代、40代になると家庭をもったり昇進したりと、環境が変わっていきます。今までは自分のために使えていた時間が家族や他の人に費やすことが増えてきます。空いた時間があったとしても自身のスキルアップや趣味に時間をつかってしまうことで、なんとなくで買った基板に触れる時間がほとんど取れなくなってしまいます。
将来を見据えている方であれば、仕事に関することを勉強すれば収入の増加が見込めるので優先度は高くなりますし、昔から続けている趣味なら自分の世界に没頭してリフレッシュできます。昔から基板に触れていてまた没頭できるならいいのですが、やったことがない場合だと新しいことにチャレンジする心のハードルは高く見えてしまい、一歩を踏み出すのに躊躇してしまいがちです。
はじめの一歩は誰でも怖いもの。踏み出したその先には、自分で好きなもの、アイデアを形に変えていける楽しさを味わえるはずです。
展示会やイベントでマイコンボードを配っていて、うっかりもらっちゃって増えることがあります。
展示会で名刺とかんたんなアンケートに答えると、無償でサンプルボードがもらえてしまう、という状況がありました。現在はコロナ禍による接触防止などの観点から行われていないようなのですが、コロナ以前の状況ですと、たとえば(一社)組込みシステム技術協会 (JASA)が開催されているEmbedded Technologyというカンファレンス(2022年意向はEdgeTech+という名前に変わりました)というカンファレンス/展示会などです。以前参加した際、STマイクロエレクトロニクス社がブース出展されていまして、ここでSTM32ボードのサンプルを配っていました。半導体不足が問題となっている2021年現在となってはSTM32のボードも貴重なのですが。
うっかりボードをもらってしまうと、積み基板が増えてしまいますね。
初めて基板を買ってきても物理的環境がないと動かすことができません。Raspberry Piだとイメージを書き込むためのSDカードやインターネット接続するためのルータ、外部ディスプレイ、キーボード、マウス、ACアダプター、PCが最低限必要です。
また、電子工作をやるなら作業するための机やスペースが必要です。ブレッドボードを使えばはんだ付けなしでできるので少しぐらいなら狭くても我慢できますが、机が狭いとパーツを紛失したりと何かと管理が面倒です。私の話ですが、現居に引っ越す前は狭い2LDKのマンションに住んでいました。親戚から譲ってもらったテレビ台を部屋の隅に置いたところが私のスペースでしたが、子どもが産まれておむつやおもちゃを置くために、そのスペースはなくなってしまいました。子どもはなんでも口に入れてしまうので、小さいパーツなんてそこら辺に置いておくわけにはいきません。家で仕事をするときはリビングの机か脱衣所でノートPCを広げていました。そのような環境下では電子工作をするのはなかなかハードルが高かったように思います。
引っ越したことで自分の部屋を持つことができ、問題は解消されました。いかにして作業に没頭できる環境を作るのかを考えることが大切です。
私自身が基板を積んでいるので偉そうにいえる立場ではありませんが、自戒をこめて原因とちょっとした解決案を出してみました。少しでも共感していただけると幸いです。