本書は開発者コミュニティに関する本です。開発者視点と企業視点の、大きく2つの視点で読むことができます。
Developer Relationsがテクノロジカンパニーにおいて、お客様であるユーザー(Developer/開発者)との信頼関係を築く非常に有益なアプローチであることはだいぶ認知されてきました。そんなDevRelの活動において、欠かせない非常に大事な存在がユーザーコミュニティになります。このような企業にとってのユーザーは開発者であることが多く、まさにDeveloper Relationsとしては開発者コミュニティを形成することはビジネスを成功させるための大きな要素の1つになります。
さて、みなさんがまだ開発者コミュニティのことをあまり分かっていない状態で、いきなり開発者コミュニティを立ち上げろと言われても困ってしまいますよね。自分が開発者コミュニティを作ろうと思ったら、まずは既存の開発者コミュニティに参加して、そのコミュニティのあり方をじっくりと学ぶと良いでしょう。ただ、突然開発者コミュニティに放り込まれても、これもまた何をしてよいのか戸惑ってしまう人が多いのも事実です。
本書はそんな、これから開発者コミュニティを作り上げていきたいという方向けの本になります。著者はそれぞれコミュニティに関する多くの経験を持っているメンバーです。きっとみなさんにとって得るものがあることでしょう。コミュニティの形成は今日明日でどうにかなるものではありません。必要なステップを大事にしっかりと進めていくことが大切です。著者の多くはコミュニティマネジメントの経験が豊富で、読者の皆さんがこれから目指すであろうキャリアを歩んでいます。ここでは「すぐに作れる開発者コミュニティ」のような、聞こえの良い言葉で済まそうとは考えていません。ただ、すぐにでも始められる方法を通して、あなたのこれからをサポートできることでしょう。
最後に。本書はDevRel Meetup in Tokyoというコミュニティの参加メンバーによる共著になります。DevRelはDeveloper Relationsの略で、開発者とのコミュニケーションを通じて、サービスや製品と開発者とで良好な関係性を築くためのマーケティング活動になります。本書を通じてDevRelへの関心を持ってもらえれば幸いです。
著者:萩野たいじ@Datadog
本書を手にとってくれたみなさまは、開発者コミュニティについてどの程度知っているのでしょうか。参加したことはありますか。運営に関わったことはありますか。それともこれから知っていこうという状況でしょうか。
本書を読み進めていくにあたり、最初に開発者コミュニティのことを知る必要があります。少なくとも本書の読者にとって「開発者コミュニティ」に対する共通の定義を持っていた方がよいでしょう。
第1章では、開発者コミュニティとは何か。また、開発者コミュニティを作成する目的はなんなのか。このあたりについて解説をしていきます。ぜひ、開発者コミュニティについての理解を深めてください。
ここでの定義は筆者の視点で書かれたものであり、開発者コミュニティに携わるさまざまな人はそれぞれの見解を持っています。そのため、必ずしも普遍的な内容ではない可能性がありますので、本書の筆者メンバーとしてはこういう見解なんだという前知識としてとらえていただけるとうれしいです。
著者:萩野たいじ@Datadog
そもそも、コミュニティとは何でしょうか。Weblio辞書によると、「コミュニティは、居住地域を同じくし、利害をともにする共同社会。町村・都市・地方など、生産・自治・風俗・習慣などで深い結び付きをもつ共同体。地域社会」とあります。身近な例で考えてみましょう。たとえば町会や子ども会、マンションなど集合住宅の理事会、学校と親を結ぶPTAなどもコミュニティの代表的な存在です。また、ビジネス分野では各企業が同一目的で集まるコンソーシアムなどの非営利団体、学会や研究組織、組合などもコミュニティと言えるでしょう。
開発者コミュニティとは、このような「コミュニティ」と定義される共同体において、開発者がある同一目的で集まった団体と言えます。開発者コミュニティと一口に言ってもさまざまな形態が存在します。それぞれについてもう少し詳しく見ていきましょう。
ユーザーグループやユーザーコミュニティに代表される、物理的な集まりです。だいたいにおいて、これらのコミュニティには組織を運営する運営メンバーが存在します。参加者の特徴として、企業の経営層や営業系の人は少なく、実際に手を動かして開発する人が集まります。定期的に勉強会やセミナー、ワークショップなどのイベントを開催しながら新しいメンバーを増やしていく形で活動することが多いです。コミュニティが大きく成長したり、規模が大きくなったりした場合、コミュニティ主導でカンファレンスを開催するケースも見られます。我らがDevRel Meetup in Tokyo1もれっきとしたコミュニティで、今では毎年1~2回カンファレンスを開催するまでに成長しています。
物理的なコミュニティのメリットは、なんと行ってもIn Personイベントの強みでしょう。オンラインでは苦手とされるN対Nでのコミュニケーションがぐっと容易になります。特に、ハンズオンワークショップやセミナーのQ&Aなどインタラクティブにやりとりが発生するようなイベントはオフラインが最も得意とする領域でしょう。
そんな物理的な開発者コミュニティもCOVID-19の影響により、ここ1~2年は形を変えてきています。オンラインへの完全シフト、またはオンラインとオフラインの良いところを取ったハイブリッドでのイベント開催など、どのコミュニティも試行錯誤しています。
前述の通り、COVID-19の影響で最近主流になっているオンライン型のコミュニティですが、実は開発者コミュニティのスタートはオンラインが先だったでしょうか。
昔から存在していて誰もが知っているのはフォーラムです。Webサイトというバーチャルな空間に同一製品のユーザー(つまり開発者)が集まり、自分のノウハウやナレッジを共有したり、開発過程での問題点を共有したりします。また、フォーラム内ではエキスパートなユーザー達が有志でそういった問題の投げかけに回答して解決に導いたりすることもあります。現在ほどオンラインでのリアルタイム音声コミュニケーションが容易ではなかったころ、開発者向けのオンラインコミュニティと言えばこのフォーラムやメーリングリストなどが主流でした。
他にも、ユーザーが思いついた改善要望や機能追加のアイデアなどをオンラインで共有し投票を募って将来のバージョンへの対応へつなげるIdeasというアプローチもあります。これもいろいろなオンライン開発者コミュニティに取り入れられているやり方です。また、学習コンテンツをオンラインで展開することもありますね。学習の進捗状況や、完了状況に応じてデジタルの認定バッジを提供したりもします。
オンラインコミュニティでは、コミュニティメンバー一人一人の顔が見えないため、だいたいにおいてプロフィールページが充実しています。その人のBioはもちろん、連絡先、ダイレクトメッセージ機能、得意技術領域や取得バッジの掲載など、コミュニティメンバーどうしでつながることができるしくみを取り入れています。これは、次の章でも話しますが、コミュニティの目的の1つに横のつながりを広げるというものがあるからです。
コミュニティの形がオンライン、オフラインどちらにせよ、そのコミュニティをリードしていく人たちが必ず必要です。一般的に、開発者コミュニティにおいてはユーザー主導型とベンダー主導型が存在します。
ユーザー主導型はその名の通り、コミュニティメンバーであるユーザー/開発者の人たちが自らリードして運営し成長させていくタイプのものです。オープンソース系の開発者コミュニティは完全有志で行われることがほとんどです。一方ベンダー提供のサービスやプラットフォームなどを主とした開発者コミュニティでは、裏でベンダーがサポートしていることが多いです。主にイベント開催時の会場や飲食、宣伝や集客など、ユーザーサイドの有志だけでは難しい部分(主に金銭が発生する部分)をサポートします。しかし、あくまで主体はユーザーですのでベンダーが全面的に前に出ることはあまりありません。
ベンダー主導型は、コミュニティのリーダーそのものをベンダーサイドの人間が行っているケースです。そのベンダーが提供しているサービスやプラットフォームに関する開発者コミュニティにおいては、ベンダーが主導することでよりスムーズに運営できるケースがあります。一方でユーザーから見たときに自分たちが主体的に動けないと感じてしまうことがあるので、バランスが大事でしょう。
このように、一口に開発者コミュニティと言ってもさまざまな形態があるのです。次の章では、その開発者コミュニティを作る目的について詳しく見ていきましょう。