目次

はじめに

第1章 ブロックチェーンプロジェクト

1.1 Ethereum(イーサリアム)-分散アプリケーションプラットフォームを目指すブロックチェーン
1.2 「Enterprise Ethereum」ビジネス用途に特化した企業のためのイーサリアム
1.3 NEM(ネム)ブロックチェーン - 独自の合意形成方法で新しい経済システムを作り出せるか?
1.4 Ripple(リップル)ーグローバル決済プラットフォーム
1.5 EOSIO分散型アプリケーションのためのインフラ
1.6 「Zcash」ゼロ知識証明でプライベートな取引を実現する
1.7 「BigchainDB(ビッグチェーン)」スケーラブルな分散型ブロックチェーンデータベース
1.8 IOTA(アイオタ)- IoTのための仮想通貨
1.9 「Cosmos(コスモス)」ブロックチェーン同士をつなぐサービス
1.10 Tendermint - ブロックチェーンアプリケーションエンジン
1.11 Polkadot(ポルカドット)- 分散型ウェブを目指すプロジェクト
1.12 「IPFS」分散型ファイルシステム
1.13 「Libra(リブラ)」Facebookが発表したグローバルステーブスコイン
1.14 「Steem」ブロックチェーンを使ったソーシャルメディアプラットフォーム
1.15 「Factom」ブロックチェーンを利用した公証プラットフォーム
1.16 「Stellar」オープンな国際送金ネットワーク
1.17 「Power Ledger」オーストラリアからP2P電力に挑戦する
1.18 「Drivezy」インドでP2Pカーシェアリングを展開する
1.19 Mass Vehicle Ledger(MVL)分散型モビリティプラットフォーム
1.20 「Eco」Uberの共同創業者による仮想通貨
1.21 「mobiCOIN」ベンツのダイムラーがエコ運転に付与する

第2章 Hyperledger Project

2.1 「Hyperledger Projectとは」ブロックチェーンを基盤技術として実用化を目指す
2.2 「Hyperledger Burrow」パーミッション型Ethereumスマートコントラクトマシン
2.3 得意とする分野

第3章 ブロックチェーンを活用したプロジェクト

3.1 「Car eWallet」ブロックチェーンベースの自動車用ウォレット
3.2 「uPort」Ethereumブロックチェーンを利用したデジタルIDサービス
3.3 「OpenBazaar」ビットコインを使ったフリマプラットフォーム
3.4 「Sovrin ID」Sovrin FoundationのデジタルIDサービス
3.5 「Everledger」ダイヤモンドの管理台帳
3.6 「ALIS」ブロックチェーンを用いたソーシャルメディア
3.7 「Stampery」ブロックチェーンを利用した公証プラットフォーム
3.8 「Bitnation」ブロックチェーンで国家サービスを提供する
3.9 「e-Scroll」ブロックチェーンで学位の発行・検証を行うマレーシアのプロジェクト
3.10 「fizzy」スマートコントラクトで航空機遅延保険を完全自動化する
3.11 「Steem Monsters」ブロックチェーンベースのカードバトルゲーム
3.12 「スターバックス」ブロックチェーンでリアルタイムのサプライチェーンを実現する
3.13 「Iryo」ブロックチェーンを利用した医療記録プラットフォーム
3.14 「ascribe」芸術品をブロックチェーンで管理する
3.15 「Winding Tree」ブロックチェーンで旅行業界の変革を目指す
3.16 「Eva」カナダ発の分散組合型ライドシェアリング
3.17 「TradeLens」ブロックチェーンベースの物流プラットフォーム
3.18 「Brave(ブレイブ)ブラウザー」安全で高速なブラウジング体験でインターネットを変革する
3.19 「Origin Protocol」分散型P2Pマーケットプレイスのためのプラットフォーム
3.20 「ION」Microsoftが主導する分散型デジタルIDシステム
3.21 「Bitstamps(ビットスタンプ)」コレクティブルとしてのデジタル切手を作り出す

あとがき

Blockchain Biz Communityのご案内

はじめに

 ブロックチェーンという単語は知っているが、それ以外は詳しく知らないという方が便利に使っていただけるように、関連用語を解説する用語集を2019年に出版しました。

 しかし、「ブロックチェーン」やそれに関係した用語は理解できたものの、「ブロックチェーンって結局何に使えるの?」という意見もよく聞き、ブロックチェーンの活用法に関してはまだ広く浸透していないと感じています。現在、Bitcoinに限らず様々なブロックチェーンプロジェクトが立ち上がり、それらのブロックチェーンを活用した実証実験やサービスも発表されています。

 本書では、ブロックチェーンプロジェクトやブロックチェーンの活用事例を、株式会社ガイアックスが運営するブロックチェーンの情報サイト、 Blockchain Biz(https://gaiax-blockchain.com)から書き起こした事例集になります。

 「ブロックチェーン」という単語は何となく理解できたけど、実際に社会での活用方法などの事例が知りたい方にとって有益な書物になれば幸いです。

 ・本書に関するお問い合わせ先

  ─https://gaiax-blockchain.com/inquiry

 ・Blockchain Biz Communityについて

  ─https://gaiax-blockchain.com/blockchain-biz-community-info

第1章 ブロックチェーンプロジェクト

 実際のプロジェクトの紹介の前に、簡単にBTCなどの暗号資産とブロックチェーンの関係性を説明しておきます。ブロックチェーンとは、暗号資産の取引を記録する台帳のことを指しており、暗号資産はそれらのブロックチェーン上で利用できる通貨のようなものです。Bitcoinを例にすると、BTCはBitcoinブロックチェーンで使われる通貨であり、BitcoinブロックチェーンはBTCの取引を記録する台帳になります。

 現在、Bitcoinブロックチェーンに限らず、EthereumやPolkadotなど、ブロックチェーンプロジェクトは数多く立ち上がっています。その中でも代表的なものを本章では紹介します。

1.1 Ethereum(イーサリアム)-分散アプリケーションプラットフォームを目指すブロックチェーン

 本連載ではEthereum(イーサリアム)、Ripple、Nem、Bitcoinといったプラットフォームと、それを支えるブロックチェーンについて紹介します。今回は分散アプリケーションプラットフォームEthereum(イーサリアム)の生い立ち、得意とする分野、通貨とその発行方法、合意形成の方法について解説します。

ビットコインから生まれたEthereum

 Ethereumの構想は、2013年後半にビットコインコミュニティーの若きプログラマーVitalik Buterin氏の研究成果としてその構想が示され、直後にEthereumプロトコルとスマートコントラクトの技術的なデザインや理論的解釈を記したホワイトペーパーが公開され、2014年1月北アメリカビットコインカンファレンス(The North American Bitcoin Conference)で正式に発表されました。この時期にVitalik氏はGavin Wood博士と研究を始め、Ethereumを共同創業しました。

 https://about.me/vitalik_buterin

 https://github.com/ethereum/wiki/wiki/White-Paper

 http://gavwood.com/

 2014年中旬のEthereumの通貨であるether(イーサ、単位ETH)のプリセール、それに伴うEthereum Foundationの設立を経て、Ethereumの開発は非営利のETH DEVのもとに組織され、2014年から2015年にかけてEthereumの概念を実証するProof of Concept(PoC)をリリースしていきます。Olympicと呼ばれる9番目のPoCは公開の開発環境となり、開発者コミュニティーによってEthereumネットワークの限界が試されました。PoCのリリースが終わると、2015年7月30日にFrontierと呼ばれるベータ版が、続いて2016年3月に最新のHomesteadがローンチされました。

 より詳しい歴史は、EthereumコミュニティーのHomesteadに関する文書で読むことができます。また、Ethereum Timelineでは、Ethereumの歩みが関連ソフトウェアやEthereumを利用しているサービスを交えて、タイムラインで視覚的に紹介されています。

 ・History of Ethereum - Ethereum Homestead 0.1 documentation(http://ethdocs.org/en/latest/introduction/history-of-ethereum.html)

 ・Ethereum Timeline The World Computer(http://ethereumtimeline.org/)

自由度の高いスマートコントラクトが作れるEthereum

 Ethereumの特徴として、まず、誰もが自由にスマートコントラクトを記述し、Ethereumネットワーク上で実行、ブロックチェーン上に履歴を記録できる点が挙げられます。この自由度の高さは、Ethereumネットワーク上のサンドボックス化されたEVM(Ethereum Virtual Machine、Ethereum仮想マシン)と呼ばれる実行環境によって担保されています。ネットワーク上では他のEVMとつながり、他のEVM上のコードを実行可能ながらも、EVMは個々にサンドボックス化されているためです。あるコードが他のEVMやブロックチェーンに深刻な影響を与えることなく、セキュアに実行されます。さらに、スマートコントラクトを記述するためのプログラミング言語Solidityはチューリング完全で、あらゆるプログラムを記述できるという点も、Ethereumの特徴といえるでしょう。(http://solidity.readthedocs.io/en/develop/)

図1.1: 画像: Ethereumネットワーク上でつながるEVM(動画「Ethereum: the World Computer」より)(https://www.youtube.com/watch?v=j23HnORQXvs)

 Ethereum上で動作するアプリケーションは、コマンドライン上で記述、コンパイル、実行できるほか、Ethereumの統合開発環境Mix、Browser-solidity、Visual Studio Codeの拡張などを利用して開発できます。特にEthereumからリリースされているMixでは、すでにウェブ開発で親しんでいる人も多い既存の技術を利用して、開発を進めることができます。

図1.2: 画像: 統合開発環境Mix(動画「Ethereum: the World Computer」より)

 アプリケーションやサービスの開発の自由度の高さから、Ethereumネットワーク上にはさまざまなサービスが構築されつつあります。連載「ブロックチェーンとシェアリングエコノミー」で紹介した鍵のアクセスコントロールを扱うSlock.it、ライドシェアサービスのLa’ZoozやArcade City、ソーシャルコラボレーションプラットフォームColony、電力シェアプラットフォームTransActive Gridがその一例です。

 https://gaiax-blockchain.com/slock-it

 https://gaiax-blockchain.com/lazooz

 https://gaiax-blockchain.com/arcade-city

 https://gaiax-blockchain.com/colony

 https://gaiax-blockchain.com/trans-active-grid

通貨etherとその発行方法

 Ethereumネットワーク上では、etherと呼ばれる通貨が用いられます。プラットフォームの利用者がスマートコントラクトを動かすためにEVM(マシン)のパワーを使う際、その利用料としてehterを支払います。そして、利用料はプログラムの実行量に応じて加算されるため、アプリケーション開発者は効率のよいプログラムを書く必要があります。こういったところから、etherについて書かれたページ「What is Ether - Ethereum」ではetherについて、「分散型アプリケーションプラットフォームEthereumを運用する上で燃料にあたる不可欠な要素です。プラットフォームの利用者がマシンに操作を実行するよう要求する際、支払いに利用されます。別の言い方をすると、開発者がクオリティーの高いアプリケーションを書くインセンティブであり、ネットワークを健全に保ちます。」と説明しています。

図1.3: 画像: What is Ether - Ethereumより(https://www.ethereum.org/ether)

 Etherは2014年のプリセールで6000万ETHが販売され、さらに1200万ETHがプロジェクトの初期の貢献者や開発者、Ethereum Foundationに発行されました。現在は5 ETHがマイナーへのブロック報酬(ブロック生成間隔は約15-17秒)として発行されています。また、2-3 ETHが解を見つけたものの、ブロックチェーンにブロックが取り込まれなかったマイナーに渡ることもあるようです。Etherは無限に発行されることはなく、発行上限は年間1800万ETHとされています。

合意形成の方法

 現行のEthereumでは、スマートコントラクトの実行履歴であるブロックをブロックチェーンに記録する際に、Proof of Workという方法で合意形成がなされています。BitcoinのProof of Workとの違いは、ビットコインは単純な計算を何度も行うアルゴリズムを取っており、ASICと呼ばれる比較的量産しやすいLSIを使えるため、マイニング専用のハードウェアも量産しやすくなっています。それに対し、EthereumのProof of WorkではEthash(https://github.com/ethereum/wiki/wiki/Ethash)というメモリーを多く必要とするアルゴリズムを使っており、マイニング専用のハードウェアを作ることを難しくしています。このように、ASICを使ってマイニング専用ハードウェアを作りにくくしていることを「ASIC耐性がある」と表現します。

 2017年にリリースが予定されているSerenityでは、合意形成の方法がProof of Workから、保有する通貨の量(stake)に応じてブロックが承認される、Proof of Stakeへ移行することが予告されています。このCasperと呼ばれるProof of Stakeの詳細については、現在議論が行われている最中です。また、2014年からProof of Stakeのブロックチェーンの分析や仕様策定に携わっているという、Vlad Zamfir氏の非公式の論考をEthereumのブログで読むことができます。

 Introducing Casper “the Friendly Ghost” - Ethereum Blog(https://blog.ethereum.org/2015/08/01/introducing-casper-friendly-ghost/)

今後の展望

 2015年3月公開の少し昔の記事で、冒頭に「この記事のいくつかの記述には古いものがある」と注意書きがありますが、Ethereumのブログに「The Ethereum Launch Process」という題名で今後の計画が詳細に示されています。イーサリアムの考案者であるVitalik氏が2016年に発表した論考「Opportunities and Challenges for Private and Consortium Blockchains」にある開発ロードマップの概要と、あわせて見てみましょう。

https://blog.ethereum.org/2015/03/03/ethereum-launch-process/

https://ja.scribd.com/doc/314477721/Ethereum-Platform-Review-Opportunities-and-Challenges

-for-Private-and-Consortium-Blockchains

 Ethereumのバージョンとしては、Frontierがリリースされ、現在はステップ2として挙げられているHomesteadがEthereumの最新版として公開されています。続くリリースとして、Vitalik氏の論文では、2016年夏から秋にかけてMetropolisを、2017年初頭にSerenityのリリースが期待されるとしています。Metropolisでは技術者でないユーザーも対象にユーザーインターフェイスを提供し、Serenityでは合意形成の方法をProof of WorkからProof of Stakeに移行する計画です。

 その他、より高速なバーチャルマシンのリリース、スケーラビリティーを考慮したリリースが2017年から2018年にかけて予定されているようです。まだ、Ethereumは実験段階のブロックチェーンで、実証実験を重ねていかないといけないフェーズにあります。Vitalik氏も大きな金額のものはまだ扱わないほうがいいという発言もしており、慎重に実験を重ね、できることを増やしていくことが重要です。この順番を守らないと、the DAOのような失敗が発生してしまいます。しかし、ビットコインの弱点も克服し、自由度の高いスマートコントラクトが記述できるのは、とても魅力的です。今後の発展に要注目です。

1.2 「Enterprise Ethereum」ビジネス用途に特化した企業のためのイーサリアム

 Blockchain Bizでは以前、ブロックチェーン技術を利用した分散アプリケーションプラットフォーム Ethereum(イーサリアム)を紹介しました。そのEthereumをもとに、より企業のビジネスニーズに合った「Enterprise Ethereum」(エンタープライズ イーサリアム)を開発しようというプロジェクトが立ち上がりました。今回はEnterprise Ethereum誕生の背景、BitcoinやEthereumと比べて優れている点、今後の動向について先日発表されたEnterprise Ethereum Allianceにも触れつつ、解説します。

 Ethereum、その最大の特徴のひとつであるスマートコントラクトの一般的な解説については、以下の記事を参照してください。

 ・分散アプリケーションプラットフォームを目指すブロックチェーンEthereum(イーサリアム)(https://gaiax-blockchain.com/ethereum)

 ・ブロックチェーン上で契約をプログラム化する仕組み「スマートコントラクト」(https://gaiax-blockchain.com/smart-contract)

Enterprise Ethereum誕生の背景

 2008年にBitcoinが誕生し、2014年にEthereumが正式に発表され、BitcoinやEthereumなどブロックチェーンを利用したプラットフォームは黎明期を経て、普及期に入りつつあります。その用途も、開発者主導の実験的なものだけでなく、非公開性や安定性などが求められる企業にも広がりを見せています。

 Enterprise Ethereumの発起人で、ブロックチェーンに関する技術開発スタジオConsenSysのチーフオブスタッフでもあるジェレミー・ミラー氏が2017年年初に投稿した記事をもとに、Enterprise Ethereumの誕生の経緯をたどってみましょう。

 The Birth of Enterprise Ethereum in 2017 – ConsenSys Media(https://media.consensys.net/the-birth-of-enterprise-ethereum-in-2017-ebe7f7abed92#.qmizm4i17)

 記事中でミラー氏は、将来標準となりうる企業向けのブロックチェーン技術が出そろいつつある中で、Ethereumは世界中に2万人の開発者がいて、ネットワークに約10億ドルの資金を保持し、企業向けの開発で最も利用されているブロックチェーン技術であろう、としています。Microsoft AzureなどのクラウドサービスでもEthereumブロックチェーンが提供されていることも、その論拠として挙げています。用途はトラッキング、支払い、データのプライバシー、コンプライアンス、アセットのトークン化をはじめ、多岐に渡るといいます。

 ただ、公開型のネットワークとして開発がすすめられているEthereumを企業が採用するとなると、問題がないわけではありません。記事中でミラー氏は、合意形成の方法、プライバシーやパーミッションの問題、またEthereumの改善プロセスでは公開型チェーンの問題が多くを占める中で、企業の情報技術として何が重要であるか明らかにするのが難しいといった問題に言及しました。結果、企業はEthereumをフォークして独自の非公開型のネットワークを実装したり、ベンダーが提供するエクステンションに頼ったりして要求を満たしてきたとしています。その弊害として、アプリケーションのポータビリティーの欠如、コードの断片化、特定のベンダーに依存せざるをえなくなってしまうことを指摘しています。

 このような状況は、企業向けの技術を提供するベンダー、企業ユーザー、Ethereumスタートアップの間で話し合われ、議論はEthereumを考案したVitalik Buterin氏をまきこむまでに広がりました。そして、Enterprise Ethereumのロードマップ、法的枠組み、ガバナンス、初期の技術開発を定義するところとなりました。Enterprise Ethereumの誕生です。

 続いて、Enterprise EthereumがBitcoinやEthereumと比べて、優れている点を見てみましょう。

BitcoinやEthereumと比べて優れている点

 まず、Enterprise EthereumがBitcoinよりも優れている点はどこにあるのでしょうか。これはBitcoinとEthereumの比較でもありますが、Ethereumの利点はSolidityというプログラミング言語で、自由度の高いスマートコントラクトを記述できる点にあるのではないでしょうか。前述のミラー氏のブログ記事では、フルスタックエンジニアやウェブ開発者は数時間でSolidityを習得でき、最初のアプリケーションをたった数日で開発することができるとしています。豊富な資料やコードサンプルが存在することもあいまって、多くの企業がブロックチェーンの選択肢としてEthereumを選ぶのに、疑いの余地はないとしています。実際、連載「ブロックチェーンとシェアリングエコノミー」で紹介した鍵のアクセスコントロールを扱うSlock.it、ライドシェアサービスのLa’ZoozやArcade City、ソーシャルコラボレーションプラットフォームColony、電力シェアプラットフォームTransActive Gridでも、Ethereumが使われています。

 Ethereumとの比較では、名前の「Enterprise」の部分にも表れているように、Enterprise Ethereumは非公開のブロックチェーンといった企業用途に最適化されている点が、その特徴として挙げられます。また、関係者が限られることから、意思決定が速いといった優位性もあるかもしれません。Enterprise Ethereumは、これまで個々の企業やベンダーがEthereumをもとに、用途に応じて独自に開発した、互換性の低いブロックチェーンではありません。ミラー氏の記事によれば、Enterprise Ethereumは公開型のEthereumのロードマップに忠実に互換性を保ちながら構築され、Enterprise EthereumがEthereumの開発にも貢献することを期待しているといいます。また、Enterprise Ethereumを採用する企業やサポーターをとりまとめて、ガバナンスやツールも含めた標準を作り出すとし、技術にとどまらない包括的な取り組み、グループとしてのEnterprise Ethereumについても触れています。このような動向から、Enterprise Ethereumは企業向の用途に特化して、従来のEthereumとJavaとJ2EEのような共存関係を目指していると捉えることができます。

今後の動向

 Enterprise Ethereumについては、これまでまだ明らかになっていないことの多いプロジェクトとして語られてきました。実際、発起人であるミラー氏のブログ記事でも誕生の背景については語られたものの、技術的な詳細は明らかにされていません。ただ、徐々に明らかになりつつある部分もあり、先日Enterprise Ethereum Alliance(エンタープライズ イーサリアム アライアンス)として、Enterprise Ethereumの仕様策定を行うグループのウェブサイトが公開されました。

 Enterprise Ethereum Alliance (http://entethalliance.org/)

 Enterprise Ethereum Allianceのウェブサイトでは初期参加企業として、ConsenSysやBlockAppsといったブロックチェーンに関する技術開発に特化した企業に加え、IT業界からはMicrosoftやIntel、金融業界からはJPモルガンやUBSといった国際的な大企業の名前が挙げられています。

図1.4: 画像: Enterprise Ethereum Allianceのウェブサイトより

 ミラー氏のブログ記事に “not ‘death by committee’ and without ‘pay to play’ ”(Enterprise Ethereumのグループは委員会が厳しく統治し何も実現されない類いのものではなく、Enterprise Ethereumの利用に課金するようなものでもない)とあるように、Enterprise Ethereumがオープンで多くの利用者を獲得するプロジェクトとなることを期待しつつ、Enterprise Ethereum Allianceとあわせて今後の動向に注目したいところです。

1.3 NEM(ネム)ブロックチェーン - 独自の合意形成方法で新しい経済システムを作り出せるか?

 本連載ではEthereum、Ripple、NEM、Bitcoinといったプラットフォームと、それを支えるブロックチェーンについて紹介します。Ethereum、Rippleに続いて、今回はブロックチェーンプロジェクト「NEM」(ネム)の生い立ち、得意とする分野、通貨とその発行方法、合意形成の方法について解説します。

NEMとは

 NEM(New Economy Movement / ネム)は、独自のブロックチェーンを持つ分散型のP2Pプラットフォームです。合意形成の方法としてProof of Importance(PoI)アルゴリズムを採用し、APIアクセス、マルチ署名技術、独自の暗号通貨XEMを提供し、サードパーティーはNEM上にアプリケーションを構築できます。NEMによると、2016年11月現在、オンラインノード数393、ブロック数851,102、時価総額は39.39百万ドル(約42億円)となっています。

 国内では、テックビューロ株式会社(http://techbureau.jp/)が、NEMのパブリック型のブロックチェーンをプライベート型のmijin(http://mijin.io/ja/)として開発し、積極的に実証実験を行っています。

 NEMの概要については、以下の紹介ビデオが参考になります。

 https://www.youtube.com/watch?v=3ClzvI5EFss

 続いて、NEMの生い立ち、得意とする分野、通貨とその発行方法、合意形成の方法、今後の展望について順番に見ていきましょう。

NEMの生い立ち

 NEMは2014年にスタートした比較的新しいプラットフォームで、ブロックチェーンプラットフォームNxt(ネクスト)から着想を得たBitcoinのトークフォーラムのユーザーUtopianFutureによって、2014年1月「コミュニティー指向の仮想通貨をゼロから開発する」というゴールのもと、開発が始まりました。同年に開始されたαテスト、βテストを経て、2015年3月にブロックチェーンプラットフォームNEMが公開されました。

NEMが得意とする分野

 NEMはその特徴として、マルチシグコントラクト、モザイク、ネームスペース、ハーベスティング、メッセージ送信の5つを挙げています。

 複数のアカウントで署名するマルチシグ(multi signingの略)は、取引や権利の譲渡といった契約の安全を保障するだけでなく、NEMはブロックチェーンのシステム上で最初からマルチシグをサポートしていることから、APIを介してさまざまなクライアントでマルチシグの互換性を担保できるとしています。また、NEMでは権利譲渡によるマルチユーザーアカウントの構築が可能で、マルチユーザーアカウントによるマルチシグに柔軟に対応できることから、安全なファンドの構築や自立分散組織のファンドへの応用が考えられるといいます。

 NEM上でユーザーはモザイクと呼ばれる独自通貨を発行することができ、発行量および総量は一定か可変か、送信可否、説明書きの有無、暗号化されたメッセージの送信可否など、自由度の高い設定が可能です。また、モザイクの取引に税をかけ、徴収するlevyという機能もあります。モザイクの発行にはNEMのネットワークでユニークなネームスペースが必要で、モザイクは[ネームスペース].[サブドメイン(あれば)]:[モザイク]の形で表されます。現バージョンではモザイクの発行に限られていますが、NEMのブログのモザイクとネームスペースについて書かれた記事では、今後新しい機能が追加される可能性を示唆しています。

 (https://blog.nem.io/mosaics-and-namespaces-2/)

 新しくブロックを生成し、ブロックチェーンに追加する「ハーベスティング」についてです。詳細は後続の合意形成の項にゆずることにしますが、合意形成の負荷は少なく、ブロック生成間隔も60秒前後とRippleなどと比べると長くはなるものの、Bitcoinの数十分と比べて比較的短くなっています。

 また、プレーンメッセージや暗号化メッセージを単発、またはNEMの独自通貨XEMの取引とともに送れるメッセージ機能もあります。

通貨XEMとその発行方法

 NEMの通貨はXEM(ゼム)と呼ばれ、XEM自身もNEM上のモザイクです。NEMの公開に際して8,999,999,999XEMが発行され、約1500人に広く公平に分配されたといいます。NEMはこれ以上XEMが発行されることはなく、インフレによってXEMが価値を失うことはないとしています。

 XEMはWindows、Mac OS、Linux用のクライアント、Android向のモバイルクライアントで管理することができ、ソフトウェアは以下のページからダウンロードできます。

 Install NEM / NEM - Distributed Ledger Technology (Blockchain)(https://www.nem.io/install.html)

 合意形成に参加して報酬としてXEMを得るほか、取引所や現金で購入できるサービスを利用してXEMを入手することもできます。NEMのウェブサイトにXEMの購入方法の案内があります。

 Get XEM / NEM - Distributed Ledger Technology (Blockchain)(https://www.nem.io/buy.html)

合意形成の方法

 NEMでは、新しくブロックを生成しブロックチェーンに追加し手数料を得る(harvest、収穫する)プロセスを「ハーベスティング」と呼びます。一定の条件を満たせば、誰もがNEMのソフトウェアを自分のコンピューターにインストールして、ハーベスティングのプロセスに参加することができます。NEMによると、ノードは消費電力5Wのマイクロコンピューターで運用でき、BitcoinのようにP2Pネットワークを運用するのに数億ドルの出費、多大な環境負荷といった負担はかからないといいます。

図1.5: BitcoinとNEMのネットワークの比較(動画Introducing NEM (https://youtu.be/3ClzvI5EFss) より)

 ハーベスティングを行うノードは、NEM独自のProof of Importance(PoI)と呼ばれるアルゴリズムで決定されます。各ノードが次のブロックを生成できる確率がNEMネットワーク内での重要度(importance)をもとに計算され、確率的にハーベスティングを行うノードが決まります。では、ネットワークにおける重要度はどのように計算されるのでしょう?

 NEMの技術文書(https://www.nem.io/NEM_techRef.pdf)によると、10,000 vested XEMを持つノードは0でない重要度を持ち、ハーベスティングに参加する資格を持つことになります。XEMの残高にはunvested XEMとvested XEMの2種類があり、vested XEMとはそのノードによる所有が確定したXEMと考えることができます。100,000XEMを口座に入金してそのままにしておくと、翌日には10,000XEMがvested XEMとなり、1日ごとにunvested XEMの1/10がvested XEMになります。XEMを受け取った場合はunvested XEMとして残高に追加され、XEMを送った場合は、vested XEMとunvested XEMの割合が保持されます。これは、ハーベスティングに参加するためにXEMを移動するといった不正を防ぐ措置だと考えられます。

 さらに、ハーベスティングに参加する資格のあるノードの条件を満たす取引(1000XEM以上、43,200ブロック以内に発生したものなど)から重みと方向付きの取引グラフが作られ、これをもとにノードの重要度が計算されます。Googleのウェブページの重要度を決定するページランクアルゴリズムの「重要なノードからリンクされているノードは重要」のようなイメージというと、わかりやすいかもしれません。

 NEMのPoIでは、Bitcoinで採用されているProof of Work(PoW)のように、資源を多大に消費したり資源を所有するノードに見返りが偏ったりすることがありません。また、PoWのセキュリティーや資源消費の面での改善を試みるProof of Stake(PoS)のように、資金力のあるノードが力を持つこともなく、NEM開発者 武宮 誠氏がCoinPortalのインタビューで語った「“お金持ちがさらに豊かになる流れ”を変えるシステム」を支える鍵となる可能性があります。

 (https://www.coin-portal.net/2016/01/11/5024/)

 NEMの合意形成アルゴリズムPoIについて、詳細はNEMのテクニカルリファレンスのp26 7. Proof-of-Importanceに記載があります。

 NEM Technical Reference(https://www.nem.io/NEM_techRef.pdf)

今後の展開

 NEMの公式ニュースメディアNEMflash.comは、NEMがテックビューロによって開発されたプライベートブロックチェーン(コードネームCatapult)のホワイトペーパーを公開したと伝えています。

 ・The NEM Blockchain Project, Version 2.0 – Catapult (http://nemflash.com/nem-blockchain-project-version-2-0-catapult/)

 ・NEM CATAPULT(Catapultのホワイトペーパー) (https://www.nem.io/catapultwhitepaper.pdf)

 CatapultはNEMの開発者も参加して、開発されたプライベートブロックチェーンmijinの後継にあたり、記事では「Catapultはオープンソースソリューションとしてリリースされ、将来的にはパブリックなブロックチェーン(NEM)に組み込まれるでしょう」と結ばれています。また、Catapultはプログラムされている言語をJAVAからC++へ変更し、通信プロトコルもhttpからsocket通信に変えるなど、高速化への取り組みが行われています。NEMは2015年に公開された比較的新しいプラットフォームということもあり、まだ目立った利用事例は見当たりませんが、密接な開発が続くプライベートブロックチェーンmijinは企業と共同での実証実験続けています。その後継であるCatapultでも実験が行われ、これらに牽引される形でそのパブリック版であるNEMの普及が今後加速する可能性も十分に考えられます。

 NEMの今後の展開を占う上では、スーパーノードと呼ばれるNEMの運用に貢献する高いパフォーマンスのノードの世界的な分布も見ておいてもよいかもしれません。

図1.6: NEMのスーパーノードの分布(https://supernodes.nem.io/map)

 New Economy Movementの頭文字をとったNEMが、「コミュニティー指向の仮想通貨をゼロから開発する」という当初のゴールにどう近づくのか、今後の展開が期待されます。

試し読みはここまでです。
この続きは、製品版でお楽しみください。