目次

はじめに

民事訴訟におけるソースコードの取り扱いについて

1 はじめに
2 ソースコードの訴訟法上の取り扱い
3 文書提出命令への壁
4 知財訴訟におけるソースコード
5 システム開発訴訟におけるソースコード
6 終わりに

パーソナルデータの収集・利用と法規制

1 はじめに
2 パーソナルデータとは何か
3 パーソナルデータの収集・利用と法規制

強いIoT特許を取得するには?

1 強い特許権とは?
2 IoT特許事例から考える
3 強いIoT特許を取得するには?

スマートコントラクトは裁判で使えるのか?(前編)

1 はじめに
2 契約とスマートコントラクト
2 スマートコントラクトの証拠価値

技術と法律についての雑感

1 責任あるイノベーション
2 ドローンの普及と航空法の改正
3 人工知能によって創作された著作物の著作権の帰属
4 ヒューマンエラーをどう防ぐか
5 今後考えるべきこと

お金にまつわるリエンジニアリングへの期待

1 お金の管理
2 お金の稼ぎ方
3 お金による評価

電子機器を製品化する際に必要な法的対策

1 はじめに
2 技適
3 PSEマーク
4 まとめ

ハッカソンから考える法と政策制度~いくつかの論点提示の試み~

1 ハッカソンの広がりと論点のはじまり
2 知的財産権とハッカソン
3 シビックテックと公共のあり方をどうするか
4 技術と法が社会を発展させる

エンタメと知財分科会とは~1年半の軌跡~

1 きっかけ
2 1年半の間にご登壇いただいた方々
3 今後について

あとがき

1 なぜこの本を作ろうと思ったのか。
2 研究会とStudyCode勉強会を主催しています
3 最後に

執筆者・監修者紹介

はじめに

 技術の世界において、エンジニアがコンピュータを動作させるために組み上げるプログラムのことを「コード(Code)」と呼びます。

 一方、法律の世界において、立法府や行政機関が、国や組織の行動のルールとして作り上げる法令のことも「コード(Code)」と呼ばれます。


 2つの「コード」は、技術者と法律家という全く異なる人たちにより、交わることなく、それぞれの進化を遂げてきました。

 しかし、昨今の科学技術の急激な進歩、特に参考のIT/ICT技術の進歩により、技術が法律に、法律が技術に影響を与える時代が到来しています。

 また、“Legal Tech”など、法律自体がエンジニアリングの対象となる動きも勢いを増す一方で、人工知能や仮想通貨などの新技術を、どのようなルールで社会に馴染ませていくかといった宿題も山積みです。


 そこで、わたしたちは、技術者と法律家が互いの「コード」を理解するための場として、2つのプラットフォームを作ることにしました。

 ひとつは、技術者と法律家が、技術と法律が交錯するテーマについて、自由に論稿を投稿できる本書「技術と法律」です。

 そして、もうひとつは、技術者と法律家が、それぞれ自身の分野の情報を他方に提供し、技術者と法律家の交流を図るLT会「Study Code」1です。


 まだまだ試行錯誤の状況であり、本書もあくまで準備号ですが、2つの「コード」が共に発展する一助となることを祈念し、ここに「技術と法律」を刊行します。


2018年1月吉日

「技術と法律」共同編集代表

足立昌聰

民事訴訟におけるソースコードの取り扱いについて

弁護士法人淀屋橋・山上合同 弁護士・応用情報技術者 伊藤太一

1 はじめに

 民事訴訟において、ソフトウェアの仕様が問題となる事例はいくつか考えられるが、その多くは、①特許権侵害、著作権侵害、不正競争防止法等を理由とする知的財産訴訟、②システム開発に関連する損害賠償請求の二種類に属すると考えられる1

 これらの訴訟において、一方当事者から立証活動のために、相手方が保有するソースコードの提出を求められることが少なくない。

 しかし、裁判所が、ソースコードを精査して判決をすることはあまりない。例えば、株式会社マネーフォワードの仕訳システムが、フリー株式会社の仕訳システムに関する特許権を侵害していたか否かが問題となった裁判例2において、原告であるフリー株式会社は、株式会社マネーフォワードに対し、後述する文書提出命令の申し立てを行い、株式会社マネーフォワードの仕訳システムのソースの開示を求めたが、裁判所はこれを認めないまま弁論を終結し、フリー株式会社の請求を棄却した。

 一方、技術者からすれば、ソースコードはノウハウの塊という意識があり、これを見れば請求の当否は一目瞭然であるとの意識があるようにも思われる。

そこで、本項では、民事訴訟におけるソースコードの取り扱いについて検討し、技術者と裁判所の発想のずれを考察したい。

2 ソースコードの訴訟法上の取り扱い

 ソースコードは、訴訟法上、記載されている字面を問題とするのではなく、記載されている思想的意味内容を証拠資料として収得するものであるから、書証(民訴法219条)として取り調べられることとなる3

 書証の申し出は、①所持者自ら提出する方法、②自ら所持しない場合に、所持者に文書の送付を嘱託する方法、③提出を拒む相手に対し、文書提出命令の申し立てを行う方法がある(民訴法219条、226条)。このうち、②の文書送付嘱託については、あくまでも任意の送付を嘱託するものであり、裁判所を介した嘱託がなされるとはいえ、提出義務が課されるものではないし4、従わない場合の制裁もない。一方、③の文書提出命令であれば、命令の対象が訴訟当事者であって、かつ、これに従わない場合、裁判所は文書の記載に関する文書提出命令申立人の主張を真実と認めることができる(民訴法224条1項)5。ただし、第三者が従わない場合は、決定で20万円以下の過料に処せられるのみであり、真実擬制効は働かない(民訴法225条1項)6

以下、本稿の場面設定は、相手方が所持するソースコードを利用した立証をしたいものの、これを所持しておらず、かつ、相手方が任意の開示を拒むことが前提となるので、文書提出命令の問題に重点を置いて論じることとする。また、本稿では、私文書たるソースコードに限定して検討する。

1. 平成29年9月26日午前11時の時点で、株式会社エル・アイ・シー提供の判例検索システムである判例秘書において「ソースコード」をキーワードとして民事事件全体を検索したところ、128件がヒットした。概観ではあるが、そのうち、100件程度は知財訴訟であるように見受けられた。

2. 東京地判平成29年7月27日。なお、特許権侵害は否定されている。

3. なお、HDDやDVDに保存されたデータについても、準文書として、紙媒体としての文書に準じた規律が及ぶので(民訴法231条)、以下、紙媒体によるかデータによるかを問わず検討する。なお、データについては、必要な場合、プリントアウトして可読な状態にすることが想定されていることを理由に、データの提出義務が認められる場合、これをアウトプットするためのプログラムも提供する義務を負うという裁判例(大阪高決昭和53年3月6日高民集31巻1号38頁)がある。

4. 通説ではあるが、近時、個人情報保護を理由とする提出の拒絶が頻発することで、訴訟という公的手続における資料収集に支障を来しているとの問題意識から、少なくとも公法上の義務が課され、開示について正当な理由があることを理論づけるものとして、梅本吉彦「民事訴訟手続における個人情報保護」法曹時報60巻11号3409頁がある。調査嘱託(民訴法186条)が、調査対象団体に公法上の回答義務を負わせることについては争いがないところ、調査嘱託と文書送付嘱託では、主体が、裁判所と当事者という点で異なるが、手続保障の上での真実発見の要請という公益的目的に基づく制度であることにおいて両者に違いはない。当事者が裁判所か当事者かという点についても、調査嘱託は、当事者の主観に依らない客観的事項について回答を求めることとされていることに鑑みれば、裁判所が自らこれを調査しても公平性の問題がないので、裁判所が主体となっているのであり、訴訟における資料収集を行っているという点では文書送付嘱託と同様の機能を果たしているし(回答内容の客観性は、公益的な観点からの回答義務を課するか否かには直接影響しないものと考える。)、実務上も、当事者からの申出に基づき裁判所がその申出を採用する形で調査嘱託をしていることがほとんどであることを併せ考えるなら、文書送付嘱託の場合に公法上の義務を課して差し支えないと考える。

5. あくまでも文書の記載に関する主張であって、文書から立証しようとしている事実について真実擬制が働くわけではないことに注意が必要である。ソースコードを例に取ると、ソースコードに「printf(“hogehoge”)」という記載があるから特許権侵害があるとの主張をしているときに、真実犠牲効が働くのは、あくまでも書証の記載内容であるソースコードに「printf(“hogehoge”)」という記載があるとの事実であり、特許権侵害があるとの事実が真実であると認められるわけではない。また、裁判所は、真実と認めることが「できる」だけであって、認めなければならないわけではないことにも留意が必要である。

6. ただし、当該第三者が、命令の対象者と実質的に同一とみられるような特別な関係があり、命令の対象者が提出を拒ませているような場合等は、法律上、真実擬制をすることができなくとも、弁論の全趣旨(民訴法247条)や訴訟上の信義則(民訴法2条)によって、真実擬制と同様の効果を及ぼすという立論があり得るように思われる。

試し読みはここまでです。
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