はじめに
民事訴訟におけるソースコードの取り扱いについて
パーソナルデータの収集・利用と法規制
強いIoT特許を取得するには?
スマートコントラクトは裁判で使えるのか?(前編)
技術と法律についての雑感
お金にまつわるリエンジニアリングへの期待
電子機器を製品化する際に必要な法的対策
ハッカソンから考える法と政策制度~いくつかの論点提示の試み~
エンタメと知財分科会とは~1年半の軌跡~
あとがき
執筆者・監修者紹介
技術の世界において、エンジニアがコンピュータを動作させるために組み上げるプログラムのことを「コード(Code)」と呼びます。
一方、法律の世界において、立法府や行政機関が、国や組織の行動のルールとして作り上げる法令のことも「コード(Code)」と呼ばれます。
2つの「コード」は、技術者と法律家という全く異なる人たちにより、交わることなく、それぞれの進化を遂げてきました。
しかし、昨今の科学技術の急激な進歩、特に参考のIT/ICT技術の進歩により、技術が法律に、法律が技術に影響を与える時代が到来しています。
また、“Legal Tech”など、法律自体がエンジニアリングの対象となる動きも勢いを増す一方で、人工知能や仮想通貨などの新技術を、どのようなルールで社会に馴染ませていくかといった宿題も山積みです。
そこで、わたしたちは、技術者と法律家が互いの「コード」を理解するための場として、2つのプラットフォームを作ることにしました。
ひとつは、技術者と法律家が、技術と法律が交錯するテーマについて、自由に論稿を投稿できる本書「技術と法律」です。
そして、もうひとつは、技術者と法律家が、それぞれ自身の分野の情報を他方に提供し、技術者と法律家の交流を図るLT会「Study Code」1です。
まだまだ試行錯誤の状況であり、本書もあくまで準備号ですが、2つの「コード」が共に発展する一助となることを祈念し、ここに「技術と法律」を刊行します。
2018年1月吉日
「技術と法律」共同編集代表
足立昌聰
民事訴訟において、ソフトウェアの仕様が問題となる事例はいくつか考えられるが、その多くは、①特許権侵害、著作権侵害、不正競争防止法等を理由とする知的財産訴訟、②システム開発に関連する損害賠償請求の二種類に属すると考えられる1。
これらの訴訟において、一方当事者から立証活動のために、相手方が保有するソースコードの提出を求められることが少なくない。
しかし、裁判所が、ソースコードを精査して判決をすることはあまりない。例えば、株式会社マネーフォワードの仕訳システムが、フリー株式会社の仕訳システムに関する特許権を侵害していたか否かが問題となった裁判例2において、原告であるフリー株式会社は、株式会社マネーフォワードに対し、後述する文書提出命令の申し立てを行い、株式会社マネーフォワードの仕訳システムのソースの開示を求めたが、裁判所はこれを認めないまま弁論を終結し、フリー株式会社の請求を棄却した。
一方、技術者からすれば、ソースコードはノウハウの塊という意識があり、これを見れば請求の当否は一目瞭然であるとの意識があるようにも思われる。
そこで、本項では、民事訴訟におけるソースコードの取り扱いについて検討し、技術者と裁判所の発想のずれを考察したい。
ソースコードは、訴訟法上、記載されている字面を問題とするのではなく、記載されている思想的意味内容を証拠資料として収得するものであるから、書証(民訴法219条)として取り調べられることとなる3。
書証の申し出は、①所持者自ら提出する方法、②自ら所持しない場合に、所持者に文書の送付を嘱託する方法、③提出を拒む相手に対し、文書提出命令の申し立てを行う方法がある(民訴法219条、226条)。このうち、②の文書送付嘱託については、あくまでも任意の送付を嘱託するものであり、裁判所を介した嘱託がなされるとはいえ、提出義務が課されるものではないし4、従わない場合の制裁もない。一方、③の文書提出命令であれば、命令の対象が訴訟当事者であって、かつ、これに従わない場合、裁判所は文書の記載に関する文書提出命令申立人の主張を真実と認めることができる(民訴法224条1項)5。ただし、第三者が従わない場合は、決定で20万円以下の過料に処せられるのみであり、真実擬制効は働かない(民訴法225条1項)6。
以下、本稿の場面設定は、相手方が所持するソースコードを利用した立証をしたいものの、これを所持しておらず、かつ、相手方が任意の開示を拒むことが前提となるので、文書提出命令の問題に重点を置いて論じることとする。また、本稿では、私文書たるソースコードに限定して検討する。