本書について
第1章 アナログゲーム制作の各工程におけるコラボレーションを支える技術
第2章 カードゲーム制作の金と時間を支える技術
第3章 Adobe Illustrator Scriptingによる継続的インテグレーション
第4章 オンラインテストプレイを支えるユドナリウム活用法
第5章 アナログゲーム制作を支える飲食店利用術
第6章 GMレスで円滑な進行を実現するLINE bot設計ガイド(+実装ガイド)
第7章 コロナ禍におけるオンライン打ち合わせ会場開拓の技術
本書は、これまでに10本ほどの同人アナログゲームを手探りで作ってきた私たちが、その苦闘の道のりの中で得てきた気付きを展開するものだ。私たちと同じような同人アナログゲーム制作者や、制作を検討している方々を読者として想定しており、アナログゲームの中でも、特にカードゲーム制作における課題解決や効率化の助けになることを目的としている。それ以外の読者にとっても、アナログゲーム制作を身近に感じてもらうことができれば幸いである。
私たちは、本書と同様、反社会人サークルという名義でアナログゲーム制作を行っている。
宣伝も兼ねて紹介すると、『顧客が本当に必要だったものゲーム』(2018年)が本書の読者に多いであろうエンジニア界隈では、比較的知られているだろう。ほかにも『この過労死がすごい』(2015年)、『特徴量モンスター』(2020年)なども。近作は本物のスパイスを用いたマーダーミステリー『スパイス工場殺人事件』(2021年)。
タイトルが示すとおり、本書はアナログゲーム制作、その中でも特にカードゲーム制作の裏側で使われている各種「技術」をあけすけに紹介するというものになる。
各章では、「アナログゲーム・カードゲーム制作」というテーマの中でさまざまな観点から、それを支える「技術」を紹介している。
第1章 アナログゲーム制作の各工程におけるコラボレーションを支える技術
少人数・非本業の社会人チームがアナログゲーム制作をする際のコラボレーション技術(文章:@noir_k)
第2章 カードゲーム制作の金と時間を支える技術
同人カードゲーム制作をする際に必要となるコストと、それを回収するためのノウハウ(文章:@2tar)
第3章 Adobe Illustrator Scriptingによる継続的インテグレーション
カードゲームのプロトタイプ制作における、Adobe Illustrator Scriptingを用いた変更支援・高速化技術(文章:@2tar、イラスト:@Nerd_Arthur)
第4章 オンラインテストプレイを支えるユドナリウム活用法
TRPGのオンラインセッションサービス『ユドナリウム』を用いて、カードゲームのオンラインテストプレイを継続的に行う技術(文章:@2tar)
第5章 アナログゲーム制作を支える飲食店利用術
アナログゲームの打ち合わせやテストプレイにふさわしい飲食店の選択基準や店内でのふるまい方(文章:@Nerd_Arthur)
第6章 GMレスで円滑な進行を実現するLINE bot設計ガイド(+実装ガイド)
LINE bot(Official Account Manager)を活用したGM(ゲームマスター)無人化を実現するための技術(文章:@noir_k)
第7章 コロナ禍におけるオンライン打ち合わせ会場開拓の技術
アナログゲームの打ち合わせやテストプレイにふさわしいオンライン打ち合わせ場所の選択基準やふるまい方(文章:@Nerd_Arthur)
本書に書かれている「技術」は、ソフトウェアの使い方やコストのコントロールなど、アナログゲーム制作をサポートするための技術がほとんどである。
一方ゲーム制作においては、ゲームデザインやゲームメカニクスといった技術や知識も必要になる。それらは本書には書かれていない。
そのため、本書を読んでも、アナログゲーム制作をできるようになるかはわからない。ゲームデザインやゲームメカニクスについては、既存のゲームや各種書籍から学んでいただくのがよい。というか、私たちもそのあたりはあまりわかっていないままゲームを作り始めた。作りたいというその気持ちだけで十分だ。
本書は気楽に読んでもらいたい。各章は独立した内容になっている。できれば章単位では一気に読んでほしい。その方が余計な疑念を持つ暇がなくなるので、おすすめだ。章によってはサンプルコードがついているものもあるが、ほとんどはついていない。単に読み物として読んでいただくのがよい。「読み物として読む」というのは、トートロジー的にもよい。なお、どの章から読んでいただいてもよい。朝の占いで見たラッキーナンバーを7で割った余りの章から読んでいただいても、かまわない(割り切れた場合は、第7章を読もう)。要するに、好きなように読んでもらってかまわない。
能書きはここまでにして、さっそく読んでみよう。まじめな読者諸氏は、ここまで読んでしまった駄文が何バイトだったのか、数えてみてもよいかもしれない。しかし、無駄の中に真実は宿る。この世の中に真の無駄などないのだ。
本書は、2019年秋、2021年夏に執筆、増補を行った同名の同人誌を元にしている。
まず同人誌版の制作において、貴重な時間を使って、飲み会という名の企画会議、もとい企画会議という名の飲み会でさまざまなアイディアを提供してくれたサクラ1号氏、みこ氏(@miKOYukarI)らに感謝したい。そのほとんどはアルコールの蒸気と夜の街の喧騒に消えていったが、本書が少しでも誰かの役に立ったのなら、それは彼らの功績に違いない。間違いない。
また、本書の間接のきっかけになったのは近藤佑子氏(@kondoyuko)の存在だ。氏に誘われて発表したTechPubという勉強会で、技術書典1クラスタともいえる方々に触れ、われわれの技術書執筆欲はより大きなものとなった。当落難易度の高い技術書典に当選し、このように技術書として無事に完成させることができたのも、そこで培われた岩をも貫く一念によるものかもしれない。
そしてこの商業版においては、まず出版のお話をくださったインプレスR&Dの山城敬さんに深く感謝する。同様に、私たちの細かすぎる要望を聞いてくださり、素敵な表紙を仕上げてくださったイラストレーターのはるさん、校正、デザイン、出版契約のご担当者様、原稿に対して貴重なご意見をくださったギフトテンインダストリの濱田隆史氏(@gift10industry)、アーアーアーゲームズのぬぅん氏(@nuun_g)に、この場を借りてお礼を申し上げる。
最後に、執筆者各位の心の支えとなってくれた家族、友人に感謝したい。まだ社会人人生道半ば、絶望の淵に指をかけ、ダークサイドに堕することなく今日も健全な肉体と精神を信じ続けられるのは、彼ら彼女らのおかげだ。ありがとう。日々是ロウドウ。
アナログゲームを制作することに決めたあなた、という存在を仮定しよう。
……なるほど、とりわけ2010年代に入ってから、世間ではアナログゲーム・ドイツゲームがブームだといわれ、街にはボードゲームバー・ボードゲームカフェが増え、会社にもボードゲームサークルが乱立。アナログゲームの同人即売会であるゲームマーケットは大盛況で、東京ビッグサイトで2日間開催。たしかに、つくってみたくなるのも痛いほどよくわかる。
しかし、ひとくちに「アナログゲーム」といっても、ピンからキリまで多種多様だ。ゲームのジャンル、メカニクス、世界観によって、巨大で立体的なボードに多種多様なチップや精巧なフィギュアのコマを使うようなものから、コピー用紙に印刷しただけのものまである。もちろん、その完成形のピンキリ具合によって、制作に必要とされるスキルセットも異なってくる。ひとりでなんでもやってしまう(できてしまう)ひともいるが、多くのケースにおいては、チームでの制作を試みたほうが成功確率は高いだろう。精神的にも、肉体的にも。
というわけで、そんな「アナログゲームつくりたい欲」を持った(持ってしまった!)あなたの一歩先をゆく先輩として、われわれ反社会人サークルがどのようなコラボレーションツールを駆使して、アナログゲーム制作にあたっているのかを、アナログゲーム制作の工程にしたがって紹介しよう。この記事が、より多くの未来の優良ゲームを生み出す手助けになることを期待する。
製品としてのアナログゲームを構成する要素を考えてみよう。ここでは比較的「ピン」寄り、もとい最小限のコンポーネントで成立している『顧客が本当に必要だったものゲーム』(反社会人サークル、2017年)を例に取ろう。
・外袋
・箱
─表面
・タイトル
・メインビジュアル
─裏面
・キャッチコピー
・説明テキスト
・ルールシート
・カード
─成果物カード
・木イラスト
─顧客カード
・顧客イラスト
・役職テキスト
もちろん、これらのベースになる「ゲームデザイン」「レベルデザイン」みたいなスキルもある。しかし、そのようなところは合議でやればよい。結局、誰かが手を動かさなくてはいけないのは、下記のようなスキルになる。
・プロダクトデザイン
・グラフィックデザイン
・イラスト(場合によっては複数の絵柄)
・ライティング
・納品データ作成
あなたひとりでこれらをすべてできるのであれば、本章のテーマである「コラボレーション」は不要だ。ひとり自室でDIYな創作活動を楽しんでいただければよい。
しかし、多くの読者諸氏は「こんなん無理やん!」と思われるだろう。だからこそ、複数人でのチームを構成する必要があるのだ。
おすすめは、すでに知人・友人関係にある仲間だ。確率は高くないかもしれないが、絵が描ける、デザインができる、Adobe Illustratorが使える、MS Officeが使える……といった人材がいるはずだ。幸運にも志を同じくしていれば、話がはやい。同人アナログゲーム制作サークルの誕生である。
そのような「ゆるふわチーミング」に向いているコラボレーションツールといえば、Twitter1、Facebook2、mixi3などを代表とするSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)だ。pixiv4みたいな特化型SNSでもよい。あなたにとっていちばん適したものを使えばよいが、おすすめはTwitterだ。その公開性、フロー型メディアゆえの同期性が、「ゆるふわチーミング」と相性がよい。「ゆる募」というタームもあるが、そんなイメージだ。
実際、「XXなう」とつぶやくだけで、終電が終わっているにもかかわらず4人ていどの人類が結集し、謎の飲み会が開かれるという光景もよく目にする(2019年以前は)。……いや、これは観測範囲の問題かもしれない。
……実はわれわれ反社会人サークルも、Twitterでゆるく集まって飲食に勤しんだところに、結成の起源があったりする5。
モチベーションの源泉はどこにあるのか、己を見つめなおしてほしい。特に見つからなかった場合(えてして、多くの場合、根源的なモチベーションはなかったりするものだ!)、外圧を導入するのがいちばんよい。反社会人サークルのモチベーション発生装置は「〆切」だ。これを「DDD(〆切駆動開発=Deadline Driven Development)と勝手に名付けている。ここでは詳細は割愛するが、まず不可避な〆切を決めてしまえばよい。モチベーションはあとから勝手についてくる。
ここで使うべきコラボレーションツールはGoogleカレンダー6(Google)だ。いきなりBacklog7(ヌーラボ)などを導入して、WBS(Work Breakdown Structure)に分解したうえで、個別タスクを〆切つきでチケットに展開しても、疲れてしまうだけだろう。しかもビジネス感が激上がりしてしまう。そういうことではないのだ。
具体的な使い方をお伝えしよう。まずは誰かひとりがGoogleカレンダーをPCで開き、「設定8>カレンダーを追加>新しいカレンダーを作成」から新規のカレンダーを作成する。「名前」「説明」を入力後、「カレンダーを作成」をクリックすると、作成したカレンダーが「マイカレンダーの設定」の中に追加されるはずだ。今度は、追加されたそのカレンダーをクリックし、「特定のユーザーとの共有」から仲間のメールアドレスを登録しよう。これで、チームのカレンダーの作成と共有の完了だ。
あとは、このカレンダーに適宜、予定を追加していくだけだ。
まずは、具体的に下記を登録してみよう。
・即売会当日
・入稿期限
あ、うかつに即売会(アナログゲームならゲームマーケットなど)に出店申し込みをすでにしており、幸運にも当選していることを前提としている。投入すべき予定は、取り急ぎはこれだけで大丈夫だ。きみたちはもう大人だ。本当に大切な〆切だけがわかっていれば、あとはなんとかなる、というか、なんとかする「技術」をこれまでの社会人生活の中で身につけているはずだ。それに仮に〆切に間に合わなくても、命を取られるわけではない。ただ、ちょっと嫌な気分になるだけだ。
ちなみに販路は即売会に限定されているわけではない。やる気さえあれば、いまは個人でネット通販をすることも可能だ。同人アナログゲーム界隈でメジャーなサイトとしてはBOOTH9(ピクシブ)がある。BOOTHは前述のpixivが運営する創作にターゲティングしたショップ作成サービスである。反社会人サークルも「ロウドウ商會」10というショップを出しており、ゲームの頒布を行っている。ほかにも一般的なネットショップサービスであるSTORES11なども利用可能だ。ただし自主販売には〆切がない。自己を律する自信があり余っているのでなければ、素直に即売会に出ることをおすすめする。