専門家の間では数十年前から、身の回りの空気や水の流れを理論的に計算できる「流体解析シミュレーション」というソフトウェアが知られていましたが、個人で入手できるような金額ではありませんでした。しかし、科学技術とりわけ電子計算機に係る分野での進歩が著しく、個人の趣味の範囲でも流体解析シミュレーションができるようになってきました。もしも身の回りの風や水流が誰でも理論計算できるようになると、小さな気づきにつながり、毎日の生活が楽しくなるのではないかと思っています。読者の皆様にもそのように発見にあふれた毎日があるとよいと願っています。
これまで他の流体解析シミュレーションソフトを使った経験があり、OpenFOAMというオープンソースの流体解析シミュレーションソフトに興味を持った方。大学等の教育機関に所属する学生で指導教官等からの推薦等を契機として、初めて触れる流体解析ソフトがOpenFOAMである方。流体解析シミュレーションソフトに興味があるが商用ソフトが高価すぎて手を出せないため、オープンソースで無料のOpenFOAMを使ってみたいと思っている方。
あるいは、インテリアコーディネータや建築意匠設計というような仕事で3D-CADを操作した経験があり、室内空調や建築物周辺風環境に興味があって、流体解析シミュレーションによる気流の可視化に興味がある方。
OpenFOAMはオープンソースのプログラムで、もともとはさまざまな数値計算で微積分方程式を簡単に計算できるようにすることを意図したC++言語用の数値計算ライブラリーです。そのため、最初に流体/連続体シミュレーションの研究コードを開発するためのプラットフォームとして、アカデミアの機関から普及が始まりました。流体解析用には、各種の乱流モデル、燃焼モデル、自由表面モデル、混相流モデルなどが多く組み込まれてきました。そして、組み込まれるモデルが増えるに従って、徐々に産業界への普及が始まっています。オープンソースのため、各種の派生版があります。
本書籍で想定している読者にとっては、「無料で使用できるソフト」だという理解でよいでしょう。オープンソースと総称していても使用ライセンスの内容は様々で、個人的な使用を認めていても業務での使用を認めていない場合があります。無料で使用できるソフトとして「フリーソフト」という呼称もあり、厳密にはオープンソースと異なりますが、本書で想定している読者にとってはほとんど同じでしょう。
本書籍が前提にしているDEXCS版OpenFOAMの2022年版には、OpenFOAMの安定版(Version2206)が流体解析用のソルバーとして使われています。OpenFOAM自体はコマンド入力で操作するソフトで、実践的な3次元形状での流体解析をしたいときは、形状作成用の3D-CADソフト、メッシュ生成用のソフト、結果を図化するポストソフトなども必要です。DEXCS版はこれらのソフトを全て含んでいて、ソースコードをコンパイルした実行形式ファイルとしてLinux(OS)の上にインストールされている環境のため、そのままですぐに使用できるようになっています。すでにWindows(OS)やmacOSがインストールされている端末でDEXCS版を動かしたいときは、仮想マシンソフトを使う方法があります。
DEXCS版に含まれているソフトの全てがオープンソースで、無料で個人使用や業務使用が可能です。オープンCAE学会の中の研究会が中心となって、普及活動をしています。
おそらくLinuxに触れたことのない読者が大半だと思われます。GUIの操作性に関しては、ソフトの操作性の差のみでWindowsと変わりません。ファイル操作については Windowsのエクスプローラと同様なソフトがあり、WEBブラウザーはGoogleChromeなどがあり、動画や音楽の再生も可能です。本来のOpenFOAMはコマンド操作のソフトでLinuxのシェルコマンドなどの知識が必要ですが、DEXCS環境にはGUIのランチャーがあるため、Linuxの知識はほとんどいりません。
Windowsとの違いを下記に記載します。
* PCに接続している機器も全てファイルとして扱っていて、ファイル構成の考え方がシンプルです。
* アクセス権限が厳格です。ホームフォルダー内では、ログインした一般ユーザーが自由にアクセスできますが、そのフォルダー以外にはアクセスできません(つまり他のユーザーのホームフォルダーにアクセスできません)。root 権限(管理者権限)でログインすれば全てにアクセスできます。各ユーザー間でホームフォルダー内のアクセスを可能にするためには、通信ソフトを使う必要があります。
* Linuxはファイル名の大文字と小文字を区別しているため注意が必要です(Windowsはファイル名で大文字と小文字の区別があるように見えますが、DOSコマンドのレベルでは大文字と小文字を区別していません)。また、Windowsのように文字数の長いファイル名にシステムレベルで対応していません(LinuxのGUIソフトでは対応しています。WindowsのExplorerとDOSファイル名の関係に似ています)。
* テキストファイルの改行コードと漢字などの2バイト系文字の文字コードが異なります。Window標準のメモ帳などでは文字化けをするため、各種の文字コードに対応したエディターを使う必要があります。
DEXCS版OpenFOAMでのLinux(OS)のファイル構成の概略を図1に記載します。説明に関係ないため、図に記載していないフォルダーがあります。
LinuxのGUI操作環境はディストリビューションによって相違があり、アイコンが配置されている場所などに相違があります。また、ディストリビューションには無料のオープンソース版と有料の商用版があります。DEXCS版OpenFOAMは、オープンソース(無料)のLinux/ubuntuというディストリビューションを採用しています。
流体解析シミュレーションを行うには、最初に対象の建築物や装置や機器の形状を3D-CADで作成する必要があります。DEXCS版OpenFOAMにはFreeCADというオープンソースの3D-CADソフトが含まれているため、それを使用して作成することも可能です。また、他の3D-CAD-CADソフトで作成したデータを使用することも可能です。本書では、FreeCADを使って流体解析シミュレーションを行うことを前提として記載しています。もしもFreeCADを使っていろいろな装置の形状を作成して流体解析シミュレーションを行いたいのであれば、市販の書籍またはWeb上の情報によって各自で学習してください。
・本書籍に関するお問い合わせ:sagittarius.chiron.opencae@gmail.com
本書籍は情報提供のみを目的としています。したがって、計算した結果および計算結果を利用した開発と設計の行為の内容について筆者はいかなる責任も負いません。
本書籍は、技術系同人誌即売会「技術書典14」で配布した同人誌「はじめようDEXCS OpenFOAM 2022年版」(サークル名:Sagittarius_Chiron)を底本に、加筆・修正を加えています。
継続してDEXCS版を開発されている野村悦治氏に感謝いたします。DEXCS版を知らなければ、OpenFOAMを使い始めることはありませんでした。また、普段よりOpenFOAMに関する有益な情報を提供してくださっているオープンCAE学会の多くの関係者に御礼申し上げます。
本書籍に記載されている会社名、製品名などは、一般に各社の登録商標または商標、商品名です。会社名、製品名については、本文中では©、®、™マークなどを表示していません。
DEXCS版OpenFOAMを起動すると、ログイン画面になります。ユーザー名とパスワードを入力してください。インストールしたときに“自動でログインする”ように設定していれば、入力を求められません。
ログイン後は図1.3のような画面になります。
Linux/ubuntuの終了方法を図1.4に示します。
図1.3のようなビル群を3D-CADで作成して、ビル群の周囲の気流解析シミュレーションをしましょう。
執筆時点(2022/11/14)では、AppImage版(安定版)がver0.20でDaily版(テスト版)がver0.21です。DEXCS2022 for OpenFOAMをインストールした直後は、AppImage版となっています。公式のインストール説明書にFreeCADのAppImage版(安定版)とDaily版(テスト版)を切り替える方法が記載されています。以下の説明は、AppImage版(安定版)のver0.20を使っています。