講談社の創立者・野間清治は、昭和初期に「日本の雑誌王」と呼ばれた天才的な経営者であるが、「土地王」の異名もあった。彼の行った不動産の取得・殖やし方など、不動産経営という観点から、清治の人物・行動を検証する。
(※本書は2020/7/11に株式会社 展望社より発売された書籍を電子化したものです)
目次プレビュー
- 目 次
- 『雑誌王は不動産王野間清治』の刊行に寄せて ㈱講談社代表取締役社長 野間 省伸
- 序 章 野間清治、その人と業績
『雑誌王は不動産王野間清治』の刊行に寄せて ㈱講談社代表取締役社長 野間 省伸
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団子坂の借家がはじまり
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拡張につぐ拡張
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講談社の九大雑誌と講談社の絵本
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新しい土地を求めて
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音羽の地をめぐる交渉
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音羽時代のはじまり
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地所の好きな野間
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そのころの清治の資産は
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赤羽別邸と野間坂
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剣道の聖地となった伊香保別荘
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紆余曲折の尾久の土地
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ここにも剣道場の千葉三門別荘
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そのころの清治と講談社
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小原国芳から学園開学への支援要請
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小原がんばって学園建設へ
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「野間さんは終生の恩人だ」
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音羽の私邸をどこに移すか
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田中光顕伯爵豪邸を建てる
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渡辺治右衛門の破綻と根津嘉一郎の登場
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目白時代の本拠、終の棲家となった目白本邸
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北里柴三郎 伊東に別荘を建設
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清治 北里別荘を譲り受ける
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幼稚園の発足と別荘の終焉
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田中光顕と岩渕古谿荘(こけいそう)
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古谿荘・その建物と庭園
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田中光顕から野間清治へ
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省一社長による戦後古谿荘の展開
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古谿荘 重要文化財に指定される
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朝鮮の鉱山事業へ進出まで
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鉱山経営の成果は
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満州にも四十万坪の大農場
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ひとつのエピソード
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大農場の終幕
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向島の幸田露伴邸
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熱海と飯田橋ほかの土地
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田端別邸
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保土ケ谷の土地ほか