子どもの「いじめ・自殺」問題がマスコミで大きく報道されるようになって30年が経過した。
しかしまったく本質的な解決には近づいていない。
「いじめはいけない」「いじめる子が悪い」「学校と教師が悪い」といった単純な善悪の決めつけや感情的な批判が繰り返されているにすぎない。
そこから脱却すべきだ。親と教師のあり方次第では「いじめ」はいじめる側といじめられる側双方の子どもが自分を分析し変えていく機会になり得る。
一方で教育全体や社会をつくり直すことも必要だ。
今なすべきは、感情を排して冷静かつ論理的に考察することなのだ。
27年前、すでにこの問題の真実を追究し世に衝撃を与えた『このままじゃ生きジゴク』の著者、渾身の提言!
目次プレビュー
- 第1章 いじめを善悪で捉えるな
- 第2章 学校をどうするか
- 第3章 親は、教師は、どう対処すべきか
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四半世紀を経ても変わらない状況
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「いじめられる子がかわいそう」では済まない
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「わが子さえよければ……」という意識が蔓延している
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いじめは人間と人間との「関係問題」だ
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いじめを感情や倫理から捉えるのは安直だ
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いじめられたら、論理的・客観的に自分自身を分析する起点にできる
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学校は自己の「社会化」を学ぶべき場所
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「表現」とはどういうことか
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「ありのままの自分」ではいられないと知るべき
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相手に理解されるように伝えなければならない
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いじめられている自己を分析し、関係を作り上げる機会
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いじめられる子といじめる子の違い
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いじめられる側の自己分析と変革が必要となる
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貧しい者をあからさまに蔑視する社会の出現
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学生運動からいじめまでの道のり
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個性を失い、偏差値で人の価値が測られる時代になった
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大人社会の格差が子ども社会にそのまま反映される
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いじめと自殺を結びつける必然性はない
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親が子に責任を持つということ
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子どもに対して敏感か?
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子どもはどんなときに死への一線を越えるのか?
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「思ったことをそのまま語ってはならない」のだ
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他者を笑いものにする文化の蔓延
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「いじめ=犯罪」とすることの危険
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偏狭なエリート意識を育んだ私学ブーム
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うわべだけの民主国家、うわべだけの近代的市民
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「いじめすらできない」息苦しい学校をつくりたいのか?