【目次】
第1章 生きる工夫を教える宗教教育
第2章 胎教の実際と潜在意識への教育
第3章 赤ん坊の人格と生活の宗教化
第4章 自然の聖書による宗教教育
第5章 遊戯による自然への同化
第6章 全人生活の渙発による児童の宗教教育
第7章 道徳的内省による宗教教育
第8章 他愛道徳による宗教教育
第9章 宗教歴史による宗教教育
第10章 敬虔の教育
(※本書は2008/1/1に発売し、2022/3/10に電子化をいたしました)
目次プレビュー
- 序文
- 第一章 生きる工夫を教える宗教教育
- 第二章 胎教の実際と潜在意識への教育
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一人ひとりの運命
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生きる工夫、すなわち宗教
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悪に打ち勝つ工夫としての愛の宗教
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生命と生命の神
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宗教教育の必要
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宇宙に秘められた再生の秘儀
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神に至る自由なる霊魂
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妊婦の困難
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胎教の実際
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哺乳期における生理的注意の必要
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人格者としての赤ん坊
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「もうしません」
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栄養と睡眠と嬰児の人格
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マリア・メソッド
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幼年期の宗教と生理的事象
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口と宗教
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児童宗教と古代宗教の類似
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睡眠前の祈祷
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「天」を教える理由
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病気と祈祷
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天啓としての大自然
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自然の聖書と自然科学の差
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フレーベル主義の修正と自然の聖書
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ワシントンの父
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都市児童と自然教材の困難
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自然復帰と宗教心の勃興
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「マタイ伝第十三章」の実行
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基督と自然の聖書
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箱庭による教育
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採集の喜びと選択の心理
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生物との親和
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子供と遊牧的本能
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自然は残酷ではない
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エデンの花園の再興
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不可思議なる生命の啓示
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自然についての教え
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家のない幼稚園
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飯ごとの効用
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子供の創作欲
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無生物との同化
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アニミスチックな信仰
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児童中心の児童宗教
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子供に理解できる宗教教育とは
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多量生産的宗教教育の無能
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自己完成への宗教教育の必要
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児童の感覚の喚起-まず口より-
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目の問題
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耳の教育
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黄昏病
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臭覚と触覚の教育
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手足の教育
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児童宗教と舞踏
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中世紀思想の排斥
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向日性の児童宗教
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価値運動としての宗教教育
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仮庵節の復興
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麗しき日本の土俗的伝統の占領
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我が子の道徳的宗教教育
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道徳心理学の領分
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子供に内省の機会を与えよ
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叱られる権利
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懺悔告白の心理とその応用
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幼年期の内省
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母としての幸福な立場
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児童の内省とその宗教的意義
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良心と神の関係
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良心の発達と宗教意識の発展
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内省による失楽園から十字架まで
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改心期の心理とその善導
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愛なき者は神を知らず
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愛の遊戯
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奉仕の教育
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労働による道徳教育
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手工と道徳教育の調和
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社会奉仕の教育
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社会悪救済の教育
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団体生活の訓練
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現実の中から体験させる教育
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神話による教育
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原始民族の超越的信仰
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神話に現れた真理
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創世記を教える理由
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客観的真理と霊的真理
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群衆心理から見た神話
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児童から見た神話
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子供に神話を話すときの注意
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聖書の教え方
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新約以後の宗教史を教える必要
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化石的な宗教礼拝と生命宗教との距離
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宗教感覚の満足と敬虔の距離
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感覚的価値と全人的価値の差
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敬虔の芽生えとその滋養